「2018年/B年説教=神への道標」の記事一覧

年間第20主日:「食べる・飲む」それは互いに一つであることのしるし

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「イエスの肉を食べる、血を飲む」という表現の中に込められていることは、一人ひとりの生き方がイエスの心に合わさって一つになることが求められている!ということ。イエスの十字架上での死は、わたしたちのためであることをしっかりと自覚しましょう。

年間第18主日:神を信じる道は、既に自分の命の苗床に植えられている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

福音は「即効性」を期待し、「自分流」の世界に閉じこもっているユダヤ人が、イエスの真意にたどりつかないお話です。イエスは「なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい」と言われます。

年間第15主日:宣教するとは、イエスの生き方を示し、語り継ぐこと

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今日の福音から言えることは、「宣教する」とは「イエスさまご自身を伝えること、語ること」であり、イデオロギー、主義を語り継ぐことではない。イエスさまのそばにいることは、宣教のための最強の教育であったということができます。

年間第14主日:イエスを受け入れ、歓迎するために必要なこととは?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

国民栄誉賞の羽生選手の地元での大歓迎は、人々が羽生選手と共有できる何かを感じているからではないかという気がします。イエスさまも本当は、地元の人々に受け入れられたはずなのに、イエスさまとの心の共有ができなかったのです。それは、何なのでしょうか。

年間第13主日:信仰とは?ヤイロは自己の無力感を通して神に出会った

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「わたしの幼い娘が死にかかっています。どうか、おいでになって娘の上に手を置いてやってください」とイエスにすがる会堂長。そこには、愛する娘の病を前に、なす術をなくした無力な父親の姿がありました。ヤイロは自己の無力感を通して神に出会っていったのです。

洗礼者聖ヨハネの誕生:ヨハネは「前相撲」の大切さを伝えている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

他者のために生きることが、とどのつまり、自分のためになっていくということをかみしめたいものです。いまの時代だからこそ、求められている生き方のような気がします。福音(平和のメッセージ)は黙っていても他者に伝わっていきません。

年間第11主日:天国には皆が招かれている。しかし天国は場所ではない!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「神に似せて創られた」人間には、目に見えず、感じないながらも中に秘めた素晴らしいものがあるのです。大事なことは、それらの魅力が発揮されやすい環境にあるかどうかです。つまり、神の働きかけが功を奏しやすい状態にあるかということです。

三位一体:神は自己啓示を続け、交わりに招いている。どう答えますか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

神は自己啓示を続けられます。教会を、ローマ教皇を通して、国のリーダーを経て、隣人を通して、家族・兄弟姉妹を通して、ご自分の交わりに呼び込んでいらっしゃいます。それに気づいて、さらに「イエス」というか「ノー」というのか、・・。

聖霊降臨:聖霊は教会を生かし、いつも、一人ひとりに働きかけている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

現代の教会をつくっている私たちも、弟子たち同様に、弱い存在です。私たち一人ひとりは、現に、誰かの助けをいただきながら生きています。聖霊に対して、開かれた心、救いを渇望する心を捧げ、祈り願いましょう。教会が、私たち一人ひとりが生きた救いのしるしとなれますように。

主の昇天:イエスの救いの業の継承は弟子たちへ、そして、今の私たちへ

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

福音宣教することは、自分の人間的な信念やイデオロギーを伝え、広めることではない。あくまでも、イエスさまを伝えることであり、イエスさまに人々を出会わせることにあります。世界の人々は、嘆きの叫びをあげて救いの訪れ、福音を待っているのです。

復活節第6主日:キリストが愛したように隣人を愛することはできないが…

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

わたしたちの日々のなすべき努力は、「わたしたちの弱さを助け、導いてくださる」聖霊を意識し、信頼していくことでしょう。「神に逃げる」ことは卑怯者や弱虫ではありません。人としての温かさを育むこと、豊かな心を抱くことです。

復活節第5主日:イエスに繋がっていますか。留まり続けたいですか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今日の福音の話は「わたしにつながっていなさい」というメッセージが重要な中味ではないかと思います。「つながっている」「とどまっている」というのは、お互いが身も心も任せきってしまうほどのかかわりでないと「安心」できないのではないでしょうか。

復活節第3主日:復活は「教会」誕生の原点。落胆の弟子たちを激変させた!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

弟子たちの変貌の大きな要因は?イエスさま主導による「聖書を悟らせるために彼らの心を開いて」くださったからです。復活の大きな意図は、落ち込んでいる弟子たちを勇気づけ、そして、復活の証人として派遣し、教会を誕生させることにあったといえるでしょう。

復活節第2主日:復活は、人の感覚を超えた世界に気付かせる神の恵み

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

ものごとを見る視点が変わることで、本物にたどりつきます。現実の問題も同じでしょう。問題の根に気付きたいですね。人の育ちの問題はどこに根っこがあるのでしょうか。今こそ心の目を見開き、一人ひとりが新たな視点に出会っていきたいです

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