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年間第21主日

2019年/C年説教=召ばれています、いつも

年間第21主日:「狭い戸口」は自分の身近に。その実りは「慕われる人」

各々魅力ある「わたし」を持っています。それらを発揮することを通して、「救い」への道が開かれていくのではないか・・。「狭い戸口」とは、ごく普段やっていることに、生き生きとかかわっていくことにあると言えるでしょう。
2018年/B年説教=神への道標

年間第21主日:イエスの人格に惚れ、委ねる。信仰者の生きる姿がそこにある

徹底的に自分を変革したいなら、その人の「人格」にかけることです。委ねることです。「信じている」からこそ理解し、変えられ、納得できる歩みができます。そのような人を、誰でも「尊敬できる人」として持っているのではないでしょうか。
2017年/A年説教=神のふところ

年間第21主日:欲望に引きずられながら信仰に生きようとする「わたし」

わたしたちにとって大事なことは、「人そのもの」です。問題点ばかりを探しあてたところで、その人の本物に近づくことは難しくなります。わたしたちは、崇高さと煩悩さを兼ね備えた存在です。こうした人間の中に、信仰があり、だから恵みに支えられているのです。
2015年/B年説教=イエスのこころ

年間第21主日:神を信じて生きると、人はもっと豊かに魅力的になる

「信じる」ということは、まさに、その人に向かうことであり、その人を見つめ、その人にゆだねることなのです。論理的にわかりにくいことがあっても、その人を信じているがゆえに受け入れていくことができます。
2016年/C年説教=神のぬくもり

年間第21主日:子どもはイエスさまに出会うための条件を自ら備えている

「狭い戸口」と「幼子」はつながっているような気がします。子どもは未熟ですから自分を任せます。他者からの手助けを拒みません。さらに、そこにいることで人々に元気とやすらぎを与えてくれます。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第21主日:「狭い戸口から入るように!」は鍛錬の勧めです

イエスさまとつながっている限り、その業は具体的であり、大きな助けとなっていきます。この確信を深めたいですね。「狭い戸口」は特別困難な入り口ではなくなるのでは、・・・。
2012年/B年説教=主との出会い

年間第21主日:信仰とは納得できなくても己を委ねきる神への信頼

ペトロは「主よ、だれのところにいきましょう。あなたは永遠の命のことば・・・」と。日常同じような人との付き合いをわたしたちは実践しています。神さまとなるとなぜかぎこちなくなります。なぜ?
2011年/A年説教=神のみことば

年間第21主日:聖と俗のペトロはわたしたち信仰者の始まり

ペトロの中にある強さと弱さ、美しさと醜さ、その中で彼の信仰は強められていったのでした。今に生きるわたしたちとて同じです。心の奥では崇高な神を見つめながら、一方では平凡な幸せを求め、汚い欲望に引きずられている自分を発見します。
2014年/A年説教=神のたしかさ

年間第21主日:信仰とは、「神の味方であるかどうか」ということです

イエスさまの正体は「何者か」。今日の福音でペトロが「まことにあなたは神の子です」と宣言することによって、イエスさまの正体はわかっていることを証明します。
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