年間第16主日:イエスは言われた「人里離れた所でしばらく休むがよい」

カトリック教会の日曜日の聖書
今週の聖書

年間第16主日(B年)の聖書=マルコ6・30~34 使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」と言われた。

年間第14主日:イエスを受け入れ、歓迎するために必要なこととは?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

国民栄誉賞の羽生選手の地元での大歓迎は、人々が羽生選手と共有できる何かを感じているからではないかという気がします。イエスさまも本当は、地元の人々に受け入れられたはずなのに、イエスさまとの心の共有ができなかったのです。それは、何なのでしょうか。

年間第13主日:信仰とは?ヤイロは自己の無力感を通して神に出会った

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「わたしの幼い娘が死にかかっています。どうか、おいでになって娘の上に手を置いてやってください」とイエスにすがる会堂長。そこには、愛する娘の病を前に、なす術をなくした無力な父親の姿がありました。ヤイロは自己の無力感を通して神に出会っていったのです。

年間第11主日:天国には皆が招かれている。しかし天国は場所ではない!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「神に似せて創られた」人間には、目に見えず、感じないながらも中に秘めた素晴らしいものがあるのです。大事なことは、それらの魅力が発揮されやすい環境にあるかどうかです。つまり、神の働きかけが功を奏しやすい状態にあるかということです。

三位一体:神は自己啓示を続け、交わりに招いている。どう答えますか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

神は自己啓示を続けられます。教会を、ローマ教皇を通して、国のリーダーを経て、隣人を通して、家族・兄弟姉妹を通して、ご自分の交わりに呼び込んでいらっしゃいます。それに気づいて、さらに「イエス」というか「ノー」というのか、・・。

聖霊降臨:聖霊は教会を生かし、いつも、一人ひとりに働きかけている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

現代の教会をつくっている私たちも、弟子たち同様に、弱い存在です。私たち一人ひとりは、現に、誰かの助けをいただきながら生きています。聖霊に対して、開かれた心、救いを渇望する心を捧げ、祈り願いましょう。教会が、私たち一人ひとりが生きた救いのしるしとなれますように。

主の昇天:イエスの救いの業の継承は弟子たちへ、そして、今の私たちへ

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

福音宣教することは、自分の人間的な信念やイデオロギーを伝え、広めることではない。あくまでも、イエスさまを伝えることであり、イエスさまに人々を出会わせることにあります。世界の人々は、嘆きの叫びをあげて救いの訪れ、福音を待っているのです。

復活節第5主日:イエスに繋がっていますか。留まり続けたいですか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今日の福音の話は「わたしにつながっていなさい」というメッセージが重要な中味ではないかと思います。「つながっている」「とどまっている」というのは、お互いが身も心も任せきってしまうほどのかかわりでないと「安心」できないのではないでしょうか。

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