洗礼者ヨハネの誕生:月が満ちて、ザカリアの妻エリサベトは男の子を産んだ

カトリック教会の日曜日の聖書
今週の聖書

洗礼者ヨハネの誕生の聖書=ルカ1・57~66、80 月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。

年間第11主日:天国には皆が招かれている。しかし天国は場所ではない!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「神に似せて創られた」人間には、目に見えず、感じないながらも中に秘めた素晴らしいものがあるのです。大事なことは、それらの魅力が発揮されやすい環境にあるかどうかです。つまり、神の働きかけが功を奏しやすい状態にあるかということです。

三位一体:神は自己啓示を続け、交わりに招いている。どう答えますか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

神は自己啓示を続けられます。教会を、ローマ教皇を通して、国のリーダーを経て、隣人を通して、家族・兄弟姉妹を通して、ご自分の交わりに呼び込んでいらっしゃいます。それに気づいて、さらに「イエス」というか「ノー」というのか、・・。

聖霊降臨:聖霊は教会を生かし、いつも、一人ひとりに働きかけている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

現代の教会をつくっている私たちも、弟子たち同様に、弱い存在です。私たち一人ひとりは、現に、誰かの助けをいただきながら生きています。聖霊に対して、開かれた心、救いを渇望する心を捧げ、祈り願いましょう。教会が、私たち一人ひとりが生きた救いのしるしとなれますように。

主の昇天:イエスの救いの業の継承は弟子たちへ、そして、今の私たちへ

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

福音宣教することは、自分の人間的な信念やイデオロギーを伝え、広めることではない。あくまでも、イエスさまを伝えることであり、イエスさまに人々を出会わせることにあります。世界の人々は、嘆きの叫びをあげて救いの訪れ、福音を待っているのです。

復活節第5主日:イエスに繋がっていますか。留まり続けたいですか?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今日の福音の話は「わたしにつながっていなさい」というメッセージが重要な中味ではないかと思います。「つながっている」「とどまっている」というのは、お互いが身も心も任せきってしまうほどのかかわりでないと「安心」できないのではないでしょうか。

復活節第3主日:復活は「教会」誕生の原点。落胆の弟子たちを激変させた!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

弟子たちの変貌の大きな要因は?イエスさま主導による「聖書を悟らせるために彼らの心を開いて」くださったからです。復活の大きな意図は、落ち込んでいる弟子たちを勇気づけ、そして、復活の証人として派遣し、教会を誕生させることにあったといえるでしょう。

復活節第2主日:復活は、人の感覚を超えた世界に気付かせる神の恵み

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

ものごとを見る視点が変わることで、本物にたどりつきます。現実の問題も同じでしょう。問題の根に気付きたいですね。人の育ちの問題はどこに根っこがあるのでしょうか。今こそ心の目を見開き、一人ひとりが新たな視点に出会っていきたいです

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