「カトリック教会の日曜日の説教」の記事一覧

年間第28主日:今の自分に欠けているものは?環境はそっと語りかけている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今のわたしたちの環境はどうでしょう。良いも悪いも、生かしていける創意工夫が、「わたし」の中にあるでしょうか。答えは、日々生きている「日常」現場の中にあります。ノーベル賞の喜びにも、自然被災の悲しみにも、「永遠をめざした」メッセージが、一人ひとりに投げかけられています。

年間第27主日:すべては基礎から始まり、長い年月を経て実り熟する

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

ノーベル賞を受賞した医学の「基礎研究」は長い年月の先に、その実りが熟しました。わたしたち自身も、目の前のことだけにとらわれず、「人として、信仰者として」の生き方の基本(自分らしさ)を、しっかりと築き、そのための時をかけたいですね。

年間第26主日:改革は小さい事から始まる。まずは心と意識の変革が大事

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「改革」は、形も大事ですが、先ずは、心、意識の変革から始まるのではないでしょうか。制度をいじるのも結構ですが、いじる人の心はどうなんでしょう。大きな変革は、小さなことから始まります。一滴の水が集まって大海原となります。時をかけて、時を大事に「しもべ」になられたイエスさまについて行きましょう。

年間第25主日:偉大な人、魅力的な人は、自分の過ちに目をつぶらない

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

わたしたちの「人間」としての魅力は、神からの裏付けがあって初めて、真の魅力になっていくのでしょう。わたしたちの信仰者としての内面的、外面的な怠慢生活も、もしあるとすれば、正直に見つめ、認めることによって新たな道が開けます。

年間第23主日:二千年前の人々の心で「奇跡」を眺め、捉えてみたい

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

2000年前に生きていた人々の心で「奇跡」を眺め、捉える必要があるでしょう。すると、奇跡の中に込められたメッセージを読み取ることができるのでは・・。イエスさまが歩まれた道のりは、異邦人の地と言われていた町々です。そこの人々に新たな希望をお与えになります。

年間第21主日:イエスの人格に惚れ、委ねる。信仰者の生きる姿がそこにある

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

徹底的に自分を変革したいなら、その人の「人格」にかけることです。委ねることです。「信じている」からこそ理解し、変えられ、納得できる歩みができます。そのような人を、誰でも「尊敬できる人」として持っているのではないでしょうか。

年間第20主日:「食べる・飲む」それは互いに一つであることのしるし

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「イエスの肉を食べる、血を飲む」という表現の中に込められていることは、一人ひとりの生き方がイエスの心に合わさって一つになることが求められている!ということ。イエスの十字架上での死は、わたしたちのためであることをしっかりと自覚しましょう。

年間第18主日:神を信じる道は、既に自分の命の苗床に植えられている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

福音は「即効性」を期待し、「自分流」の世界に閉じこもっているユダヤ人が、イエスの真意にたどりつかないお話です。イエスは「なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならずに、永遠の命に至らせる食べ物のために働きなさい」と言われます。

年間第15主日:宣教するとは、イエスの生き方を示し、語り継ぐこと

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

今日の福音から言えることは、「宣教する」とは「イエスさまご自身を伝えること、語ること」であり、イデオロギー、主義を語り継ぐことではない。イエスさまのそばにいることは、宣教のための最強の教育であったということができます。

年間第14主日:イエスを受け入れ、歓迎するために必要なこととは?

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

国民栄誉賞の羽生選手の地元での大歓迎は、人々が羽生選手と共有できる何かを感じているからではないかという気がします。イエスさまも本当は、地元の人々に受け入れられたはずなのに、イエスさまとの心の共有ができなかったのです。それは、何なのでしょうか。

年間第13主日:信仰とは?ヤイロは自己の無力感を通して神に出会った

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「わたしの幼い娘が死にかかっています。どうか、おいでになって娘の上に手を置いてやってください」とイエスにすがる会堂長。そこには、愛する娘の病を前に、なす術をなくした無力な父親の姿がありました。ヤイロは自己の無力感を通して神に出会っていったのです。

洗礼者聖ヨハネの誕生:ヨハネは「前相撲」の大切さを伝えている

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

他者のために生きることが、とどのつまり、自分のためになっていくということをかみしめたいものです。いまの時代だからこそ、求められている生き方のような気がします。福音(平和のメッセージ)は黙っていても他者に伝わっていきません。

年間第11主日:天国には皆が招かれている。しかし天国は場所ではない!

2018年/B年説教=神への道標
「神への道標」

「神に似せて創られた」人間には、目に見えず、感じないながらも中に秘めた素晴らしいものがあるのです。大事なことは、それらの魅力が発揮されやすい環境にあるかどうかです。つまり、神の働きかけが功を奏しやすい状態にあるかということです。

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