『年間第16主日』の聖書と説教一覧はこちら

年間第4主日

2019年/C年説教=召ばれています、いつも

年間第4主日:イエスは、地縁・血縁などで閉ざされた絆を解放する

地縁、血縁でつながれている世界は、得てして新しいものを拒否する傾向が強い気がします。イエスの故郷、ナザレ人の絆の強さが、イエスを拒否してしまったのです。こうして、イエスの十字架への歩みが始まったのです。
2018年/B年説教=神への道標

年間第4主日:私たちの言動のよりどころは見栄、自慢?それとも奉仕?

神に裏付けられた確かさと豊かさが、わたしたちの権威の源となっているのでしょうか。わたしたちの日常の言動の裏には、見えないところで神がそっと支えてくださっている現実があります。それに気づくことが、奉仕への道のりを歩ませてくれる原動力となっていきます。
2015年/B年説教=イエスのこころ

年間第4主日:イエスの言葉が群衆に「権威ある教え」として伝わったわけ

マルコはイエスさまと出会った感動をそのまま「権威ある者、教え」として伝えています。初めての人々を前にして臆することなく、堂々と確信に満ちた言動をなさいます。
2016年/C年説教=神のぬくもり

年間第4主日:イエスの故郷ナザレでの「食い違い」に何を学ぶ

故郷の人々の生き方(地縁血縁)に浸ることを拒否し「食い違い」が始まった。故郷の人々への新しい呼びかけは、すでにメシアとしての歩みが刻まれていたといえます。
2017年/A年説教=神のふところ

年間第4主日:困難の中でも勇気ある決断を!イエスの招きは心を神に向けて生きること

イエスさまは「自分の貧しさを知る人は幸いである」と言われます。自分の力で得ることができるこの世の富ではなく、祈りによって神から与えられる恵みだけが人を幸せにすることができる、と言われます。大きな状況の転換です。それだけに、勇気ある自己決断が求められてきます。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第4主日:庶民の痛みに敏感なイエスvs故郷・ナザレ人の思惑の対立

故郷の人は自分たちの周囲が見えなくなってしまったのでした。一般庶民の痛みに敏感であったイエスさまに、ナザレ人は共鳴できずイエスさまを誇りに思うどころか、排斥してしまうのです。
2012年/B年説教=主との出会い

年間第4主日:法律によらない「権威」はその人となりが醸し出す

イエスさまの「権威ある教えも」、そうした環境から人々に示されたものでした。そこには、ごまかしとか偽りを見いだせなかったのでした。まったく、人々は感動し、感嘆したのです。
タイトルとURLをコピーしました