待降節第2主日【記事一覧】はこちら

カトリック教会の日曜日の聖書

カトリック教会の日曜日の聖書 日曜日の聖書

カトリック教会の日曜日のミサで朗読される三番目の聖書(福音書)を毎週木曜日の夕方更新。2017年からは第1朗読、第2朗読の掲載も始めました。ページでは主日(日曜日のこと)ごとにそれぞれの福音書に基づいた説教へのリンクもあります。また3年周期のA年、B年、C年を簡単に閲覧できるように工夫しています。

音声版・聖書の導入をそろそろ、検討してみたいですね!

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ええっ? はい! 努力します。

日曜日の聖書

待降節第2主日:洗礼者ヨハネは荒れ野で宣べ伝えた。「悔い改めよ。天の国は近づいた」

待降節第2主日(A年)の福音=マタイ3・1~12 そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」
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待降節第1主日:人の子は思いがけない時に来る。用意していなさい。

待降節第1主日(A年)の福音=マタイ24・37~44 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。
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王であるキリスト:イエスは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

王であるキリスト(C年)の福音=ルカ23・35~43 民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。
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年間第33主日:忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。

年間第33主日(C年)の福音=ルカ21・5~19 〔そのとき、〕ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。あなたがたはこれら>の物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
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年間第32主日:神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ

年間第32主日(C年)の福音=ルカ20.27~38 復活があることを否定するサドカイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに尋ねた。「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が妻をめとり、子がなくて死んだ場合、
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年間第31主日:ザアカイ、降りて来なさい。今日はあなたの家に泊まりたい

年間第31主日(C年)の聖書=ルカ19・1~10 〔そのとき、〕イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。
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年間第30主日:だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる

年間第30主日(C年)の聖書=ルカ18・9-14 〔そのとき、〕自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対して、イエスは次のたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。
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年間第29主日:神は、叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行う

年間第29主日(C年)の聖書=ルカ18・1-8 〔そのとき、〕イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。
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年間第28主日:重い皮膚病を癒されたサマリア人は、神を賛美しながら戻って来た

年間第28主日(C年)の聖書=ルカ17・11~19 イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止 まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」 と言った。
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年間第27主日:しもべが主人に命じられたことを果たすのは当然だ

年間第27主日(C年)の聖書=ルカ17・5~10 使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、主は言われた。「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木 に、『抜け出して海に根を下ろせ』と言っても、言うことを聞くであろう。
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年間第26主日:モーセと預言者に耳を傾けないのなら、死から生き返る者の言うことも聞き入れはしない

年間第26主日(C年)の聖書=ルカ16・19~31 〔そのとき、イエスはファリサイ派の人々に言われた。〕「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。
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年間第25主日:どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。

年間第25主日(C年)の聖書=ルカ16・1~13 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 《「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』
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年間第24主日:一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちに喜びがある。

年間第24主日(C年)の聖書=ルカ15・1~32 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。そこで、イエスは次のたとえを話された。
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年間第23主日:イエスの弟子の条件は、自分の持ち物を一切捨てること

年間第23主日(C年)の聖書=ルカ14.25~33 〔そのとき、〕大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。
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年間第22主日:だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる

年間第22主日(C年)の聖書=ルカ14・1、7~14 安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。
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年間第21主日:救われたい者は、狭い戸口から入るように努めなさい

年間第21主日(C年)の聖書=ルカ13・22~30 〔そのとき、〕イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。「狭い戸口から入るように努めなさい。
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年間第20主日:わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか

年間第20主日(C年)の福音=ルカ12.49~53 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。
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年間第19主日:常に用意していなさい。人の子は思いがけない時に来る

年間第19主日(C年)の聖書=ルカ12・32~48 イエスは弟子たちに言われた。「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。自分の持ち物を売り払って施しなさい。
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年間第18主日:自分のために富を積むより、神の前に豊かになりなさい

年間第18主日(C年)の聖書=ルカ12・13~21 〔そのとき、〕群衆の一人が言った。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」イエスはその人に言われた。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」
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年間第17主日:祈りとは?「求めなさい。そうすれば、与えられる。」

年間第17主日(C年)の福音=ルカ11.1~13 イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。
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