カトリック教会の日曜日の聖書

カトリック教会の日曜日のミサで朗読される三番目の聖書(福音書)を毎週木曜日の夕方更新。2017年からは第1朗読、第2朗読の掲載も始めました。ページでは主日(日曜日のこと)ごとにそれぞれの福音書に基づいた説教へのリンクもあります。また3年周期のA年、B年、C年を簡単に閲覧できるように工夫しています。

音声版・聖書の導入をそろそろ、検討してみたいですね!

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ええっ? はい! 努力します。

日曜日の聖書

待降節第2主日:神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。

待降節第2主日(C年)の聖書=ルカ3・1~6 皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニヤがアビレネの領主、
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待降節第1主日:放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように!

待降節第1主日(C年)の聖書=ルカ21・25~28、34~36 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。
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王であるキリスト:「真理について証しをするために生まれ、この世に来た」

王であるキリスト(B年)の聖書=ヨハネ18・33b~37  〔そのとき、ピラトはイエスに〕「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。
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年間第33主日:そのとき、人の子は選ばれた人たちを四方から集める

年間第33主日(B年)の聖書(マルコ13・24~32)〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。
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年間第32主日:貧しいやもめは、賽銭箱にだれよりもたくさん入れた

年間第32主日(B年)の聖書=マルコ12・38~44 〔そのとき、〕イエスは教えの中でこう言われた。「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、
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年間第31主日: 心を尽くし、力を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい

年間第31主日(B年)の聖書=マルコ12・28b~34 「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
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年間第30主日:「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」

年間第30主日(B年)の聖書=マルコ10・46~52 イエスが弟子たちや多勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。
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年間第29主日:人の子は、多くの人のために自分の命を捧げるために来た

年間第29主日(B年)の聖書=マルコ10・35~45 〔そのとき、〕ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」
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年間第28主日:永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか?

年間第28主日(B年)の聖書=マルコ10・17~30 〔そのとき、〕イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。
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年間第27主日:神が結び合わせてくれたものを、人は離してはならない

年間第27主日(B年)の聖書=マルコ10・2~16 〔そのとき、〕ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。
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年間第26主日:わたしを信じる小さな者の一人をつまずかせてはいけない

年間第26主日(B年)の聖書=マルコ9・38~43、45、47~48 ヨハネがイエスに言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」
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年間第25主日:イエスは言われた。すべての人に仕える者になりなさい。

年間第25主日(B年)の聖書=マルコ9・30~37 〔そのとき、イエスと弟子たち〕一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。
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年間第24主日:わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救う

年間第24主日(B年)の聖書=マルコ8・27-35 〔そのとき、〕イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを 何者だと言っているか」と言われた。弟子たちは言った。
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年間第23主日:この方のなさったことは全て素晴らしい!と人々は言った

年間第23主日(B年)の聖書=マルコ7・31~37 〔そのとき、〕イエスはテイルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた。人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った。
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年間第22主日:あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。

年間第22主日(B年)の聖書(マルコ7・1~8,14~15,21~23)ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。
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年間第21主日:あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じています。

年間第21主日(B年)の聖書=ヨハネ6・60~69 〔そのとき、〕弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。
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年間第20主日:わたしは、天から降って来た生きたパンである。

年間第20主日(B年)の聖書=ヨハネ6・51~58 〔そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。〕「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
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年間第19主日:このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。

年間第19主日(B年)の聖書=ヨハネ6・41~51 〔そのとき、〕ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、こう言った。
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年間第18主日:神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである

年間第18主日(B年)の聖書=ヨハネ6・24~35 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。
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年間第17主日:人々は「この人こそ、世に来られる預言者である」と言った

年間第17主日(B年)の聖書=ヨハネ6・1~15 〔そのとき、〕イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群集が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。