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復活節第4主日

2019年/C年説教=召ばれています、いつも

復活節第4主日:羊飼いは羊をよく知り、羊はその声を聞き分ける

イエスは、「わたしと父はひとつである」ことを伝えるべく、羊と羊飼いの話をされます。ここで重要視されているのは、羊飼いと羊の絆の問題です。「わたしの羊」と「わたし」との間にある絆が、いかに強いものであるかが示されています。羊飼いの思いが羊に通じるというのです。なぜなら「わたしは羊を知っている」からです。
日曜日の聖書

復活節第4主日:わたしの羊は声を聞き分ける。わたしは彼らに永遠の命を与える

復活節第4主日(C年)の聖書=ヨハネ10・27~30 〔そのとき、イエスは言われた。〕 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。
日曜日の聖書

復活節第4主日:わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。

復活節第4主日(B年)の福音=ヨハネ10・11~18 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いではなく自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。
2018年/B年説教=神への道標

復活節第4主日:善い牧者は、羊を、わたしたち人間を決して見放さない。

「善い牧者」の生き方は、イエスさまの人類に対する愛の確かさを示すものです。決して見放すことはなさいません。わたしたちがイエスさまを見放さない限り、一人ひとりを名指しで招かれます。
日曜日の聖書

復活節第4主日:羊飼いは自分の羊の名を呼び、羊はその声を知っているのでついて行く

復活節第4主日(A年)の福音=ヨハネ10・1~10 はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。
2017年/A年説教=神のふところ

復活節第4主日:羊飼いと羊の関係は、人間の母親と赤ちゃんの関係と似ている

羊飼いと羊の関係は母親と赤ちゃんの関係に似ています。羊飼いのイエスさまは、わたしたち羊を裏切ることがありません。名指しで覚えられ、呼ばれているのです。このことに目覚め、日々の生きる関わりの中で、イエスさまの「声」に気付きたいですね。
2015年/B年説教=イエスのこころ

復活節第4主日:羊飼いの活動の原点は愛情。損得は問題にしません

「わたしはよい牧者である」とイエスさまがおっしゃるとき、このよい羊飼いの姿をご自分に当てはめておられます。よい牧者としてのイエスさまは、わたしたち人間を限りなく大切にしてくださるということです。
2016年/C年説教=神のぬくもり

復活節第4主日:神の啓示は発展し、信仰も成長していく

今日の善き牧者の話は、語り継がれてきた「メシア、救い」の中身が明らかにされる話です。つまり、父と子の交わりの中にわたしたちを招き入れること、その実現がメシアの役割であり、救いの実現であるといわれます。
2014年/A年説教=神のたしかさ

復活節第4主日:神の声を聞き分けることができる時を大事に待ちましょう

イエスさまとマリアの出会いの実りは「マリア」「ラボニ」という応答の中にすべてが包含されています。つまり、マリアはイエスさまの呼びかけを「聞き分ける」ことができたのでした。そして、信じて最期まで従っていったのでした。
2012年/B年説教=主との出会い

復活節第4主日:良い羊飼いとは、私たちと起居をともにするイエスのこと

イエスさまご自身の生き方がまさにこの羊飼いの生き方なのです。ご自分の命を張って人びとの身代わりとなるのです。そして、人びとを安心できるところに案内します。これが救いです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

復活節第4主日:神に大事にされている「自分」を自覚しましょう

イエスさまは、わたしたちに「大事にされている自分」に気付くように促されます。神に大事にされている「自分」です。父と子が一つであるのは、その間にわたしたち「人間」がいるのです。それほどにわたしたちは大事にされているのです。
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