聖家族

日曜日の聖書

聖家族:イエスが十二歳になったときも、両親は慣習に従って都に上った

聖家族(C年)の聖書=ルカ2・41~52 イエスの両親は過越祭には毎年エルサレムヘ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。
日曜日の聖書

聖家族:幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

聖家族(B年)の福音=ルカ2・22~40 モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親は〔イエス〕を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。 《それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。
2018年/B年説教=神への道標

聖家族:イエス、マリア、ヨゼフの一家団欒時の話題に思いを馳せてみる

神殿からの帰途、イエスさまが行列の中にいなかったのです。両親の心は大いに痛みました。しかも、「どうして、わたしをお捜しになったのですか。わたしは父の家にいなければならないことを、ご存じなかったのですか」と、逆に問い返されます。
2015年/B年説教=イエスのこころ

聖家族:マリアとヨゼフの要にあったのは、「主・神」との繋がりでした

神との出会いがすべての始まりでした。「出会い」というとき、双方の思いと動きがあって出会います。イエスさまとの出会いも、双方が近づき、出会い、病と心の癒しがあって、弟子となっていくというパターンが普通です。
2016年/C年説教=神のぬくもり

聖家族:「家庭」は人の存在すべての根幹であり、苗床です。

いつでも「家庭」は人の存在すべての根幹であり、苗床です。イエス、マリア、ヨセフの聖家族はわたしたち人間家族の生きるすべての見本であり、源泉です。
2011年/A年説教=神のみことば

聖家族:現実は遅々としていても「神から与えられたいのちだ」という自覚を持ちましょう

人間の本心には、人とのかかわりの中で、豊かになっていくものが必ずあるのに、それに気づいていないだけの話です。人間の真実の価値への自覚、人への真の愛がない家庭には、本当の安らぎ平和も生まれてこないのでは、・・・。その出発点にあるのが「家庭」での交わりです。
日曜日の聖書

聖家族:ヨセフは夢で聞いたお告げに従い、子どもとその母親を守るために逃げた

聖家族(A年)の聖書=マタイ2・13~15、19~23 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

聖家族に倣う「家族の間隔」。親離れ、子離れについて思い巡らす

わたしたち家族のモデルがここにあるような気がします。新年を前に、過ぎる今年を感謝し、来る年に向けて小さな決意を添えて、新たな力と恵みを願いましょう。
2014年/A年説教=神のたしかさ

聖家族:イエス、マリア、ヨゼフはすべての家族の原型であり、模範です

「聖なる家族」は一体どのような食卓を囲んでいたのでしょうか。一人ひとりの素朴さ、静けさ、お互いの信頼感、そして神への信頼心。これら一つひとつが家族をつなぎ、輪となり、和をつくり上げていったのです。