カトリック教会の日曜日の聖書

日曜日の聖書

年間第22主日:あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。

年間第22主日(B年)の聖書(マルコ7・1~8,14~15,21~23)ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。
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年間第21主日:あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じています。

年間第21主日(B年)の聖書=ヨハネ6・60~69 〔そのとき、〕弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。
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年間第20主日:わたしは、天から降って来た生きたパンである。

年間第20主日(B年)の聖書=ヨハネ6・51~58 〔そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。〕「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
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年間第19主日:このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。

年間第19主日(B年)の聖書=ヨハネ6・41~51 〔そのとき、〕ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、こう言った。
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年間第18主日:神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである

年間第18主日(B年)の聖書=ヨハネ6・24~35 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。
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年間第17主日:人々は「この人こそ、世に来られる預言者である」と言った

年間第17主日(B年)の聖書=ヨハネ6・1~15 〔そのとき、〕イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群集が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。
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年間第16主日:イエスは言われた「人里離れた所でしばらく休むがよい」

年間第16主日(B年)の聖書=マルコ6・30~34 使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」と言われた。
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年間第15主日:イエスは12人を呼び寄せ、2人ずつ組にして遣わされた

年間第15主日(B年)の聖書=マルコ6・7~13 〔その時、イエスは〕十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、旅には杖一本のほか何も持たず、
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年間第14主日:この人は、大工ではないか。人々はイエスにつまずいた。

年間第14主日(B年)の聖書=マルコ6・1~6 〔そのとき、〕イエスは故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。
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年間第13主日:イエスが「起きなさい」と言うと少女はすぐに起き上がった。

年間第13主日(B年)の聖書=マルコ5・21-43 〔そのとき、〕イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。
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洗礼者ヨハネの誕生:月が満ちて、ザカリアの妻エリサベトは男の子を産んだ

洗礼者ヨハネの誕生の聖書=ルカ1・57~66、80 月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。
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年間第11主日:イエスは人々の聞く力に応じて、たとえで語られた

年間第11主日(B年)の聖書(マルコ4・26~34)〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。
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年間第10主日:イエスは死人に、「若者よ、起きなさい」と言われた。

年間第10主日(C年)の聖書=ルカ7・11~17〔そのとき、〕イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。
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年間第10主日:神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、母である

年間第10主日(B年)の聖書=マルコ3・20~35 〔そのとき、〕イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。
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キリストの聖体:イエスはパンを取り言われた。これはわたしの体である。

キリストの聖体(B年)の聖書=マルコ14・12~16、22~26 除酵祭の第一日、すなわち過越の子羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。
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三位一体:「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

三位一体(B年)の聖書=マタイ28・16~20 〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。
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聖霊降臨:その方が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる

聖霊降臨(B年)の福音=ヨハネ15・26~27、16・12~15 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。
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主の昇天:全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい

主の昇天(B年)の福音=マルコ16・15~20 〔そのとき〕イエスは十一人の弟子たちに現れて、言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。
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復活節第6主日:友のために自分の命を捨てる、これ以上に大きな愛はない

復活節第6主日(B年)の福音=ヨハネ15・9~17 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。
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復活節第5主日「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。」

復活節第5主日(B年)の福音=ヨハネ15・1~8 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。