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三位一体:神が御子を世に遣わされたのは、御子によって世が救われるためである。

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今週の聖書-A年

三位一体の主日(A年)の聖書=ヨハネ3・16~18

2017年6月11日

3・16神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

18御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

三位一体:神は自らご自分の秘密を開示なさる。その意味することは!
神はモーセに宣言します。「主とは、あわれみ深く、恵みに富み、怒ること遅く、慈しみとまことにあふれる神である。千代にいつくしみを及ぼし、悪と背きと罪をゆるす」と。人が神との間で断絶を図ろうとしても、私たちを変えようとする愛の豊かさを持っておられるのです。

2014年6月15日の説教

三位一体:神の”やりすぎ”と思えるほど深い真心に甘えよう
三位一体の(A年)の説教=ヨハネ3.16~182014年6月15日この地球上にいくつの宗教、信仰があるのでしょう。興味はあってもその課題に取り組んだことはありません。ただ、「宗教」というからには、人の生き方と密接に関係しているのは共通のよう...

2011年6月19日の説教

三位一体:神の啓示は、こどものかくれんぼ遊びにヒントがある
わたしたちが信じている神も、自らを自分のほうから示す神です。「啓示」とはまさにそのような意味。示された内容をわたしたちが受け止めることができるかどうか、それが問題です。

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>出エジプト記

(出エジプト34・4b~6、8~9)

〔その日、〕モーセは朝早く起きて、主が命じられたとおりシナイ山に登った。手には二枚の石の板を携えていた。主は雲のうちにあって降り、モーセと共にそこに立ち、主の御名を宣言された。
主は彼の前を通り過ぎて宣言された。「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ちた者。」モーセは急いで地にひざまずき、ひれ伏して、言った。「主よ、もし御好意を示してくださいますならば、主よ、わたしたちの中にあって進んでください。確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦し、わたしたちをあなたの嗣業として受け入れてください。」

第二朗読>>使徒パウロのコリントの教会への手紙

(Ⅱコリント13・11~13)

兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。
聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。すべての聖なる者があなたがたによろしくとのことです。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。

日曜日の聖書
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yaziro

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カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ還暦世代です。
yaziroの名は、1549年聖フランシスコ・ザビエルを鹿児島に案内してきた薩摩の人・ヤジローに由来しています。

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