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三位一体:キリスト者とは、父と子と聖霊の交わりを深めて生きるひと

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三位一体(C年)の説教

2022年(C年)説教の年間テーマ=「弱き者を救う神」

三位一体(C年)の説教=ヨハネ16・12~15

2022年6月12日

きょうは三位一体の主日です。

神はイエスを通して「秘宝」を世に与えた

三位一体の奥義、これは神の奥深い内面に属する神秘です。わたしたち人間の知性では、とうていたどり着くことのできないことを、イエスはわたしたちに現してくださったのです。このような言い方がゆるされるとするならば、神は自らの「秘宝」を、イエスを通して、一番大事にし、愛してやまないわたしたち人間に見せてくださったのである、ということができるでしょう。それだけ神はわたしたちと交わりを保ちたかったのであるといえないでしょうか。これが、わたしたちにとって有り難いのか、有り難くないのか、・・。

わたしたちの世で、「わたしの秘宝・宝物」とはどのような価値があり、それゆえに、どのようなものなのでしょうか。そして、その存在が、「わたし」に与える影響は何でしょうか。何も難しく考えなくても、一般的にどのように感じているものなんでしょうか。もちろんのこと、一人ひとりによってその感じ方には違いがあると思いますが、・・。

方言は地方の宝、郷土を癒し世代を繋ぐ源

先日の「南風録」に鹿児島の方言についての記述がありました。(2022年6月3日南日本新聞朝刊)

「『ただいま』。鹿児島出身の俳優、上白石萌音さんの鹿児島弁特有の抑揚に頬が緩む」という書き出しで紹介されています。

今では若い人が使わなくなり、鹿児島弁(方言)の「消滅が心配」と、検定や劇などを通して伝承活動に力を入れる種子田幸廣さんが登場します。彼の声が後押しになって、県も継承を促そうと11月第3週を「方言週間」と定めています。因みに、鹿児島市は小中学校で取り組みを始め、今、6年目になるそうです。過日、鹿児島市の坂元小学校で鹿児島弁の出前授業が開かれています。「鹿児島弁は郷土の宝であり、大切な文化。守り続けていきたい」との種子田さんの信念が揺るぐことはありません。坂元小の児童は「たっちんこめ(すぐに)」覚えたそうです。そして、「鹿児島の宝は多くの県民を癒やし、世代をつなぐ力がある」と、この記述は結ばれています。

自分の考えを伝える、意見を述べる、他者との交わりを深めていくために、言葉は大切な道具になっています。もし仮に通じ合わない時には、どうにかして、通じる手立てを考えるのが普通でしょう。

他国の占領が長かった国の言語事情は複雑

かつて、わたしがフィリピンで在職していたころ、二週間の一人旅に出たことがありました。ある地方に行きますと、タガログ語も英語も通じない地区がありました。ところが、スペイン語が通じるんですね。びっくりしました。同じフィリピン人でも、自国の言葉ではなく、外国語でしか通じないというのも、なんと不思議な感じがした覚えがあります。

その後、マニラに戻りそのことを聞いてみると、マニラでも年配の人たちは、彼ら同士で話すときはスペイン語を使うことがあるということを聞きました。スペインの占領下にあった時代が長かったんですね。あらためてフィリピンの歴史を振り返ってみたものです。

人間には限界があり、完璧はあり得ないが

人の間では、伝える側の人にしても、それを受ける側の人にしても、双方ともに完璧な伝え方と受け止め方をしているとはいえないでしょう。人間そのものが不完全な存在である限り、どこかに「足りないこと」が潜んでいます。

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イエスの時代においても同じです。イエスの語ることは完璧でも、受ける弟子たちの理解には限りがありました。さらに言えば、理解し受け止めるには、あまりにも内容豊かでたくさん過ぎたのです。「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。」とイエスが言われる通りです。すなわち、父と子と聖霊の三位の交わりの中に、わたしたちを招き入れてくださろうとしている、ということです。別の言い方をしますと、わたしたちを非常に高い次元へと引き上げてくださったということです。それは、イエスの十字架が可能にしてくれました。

元々あった神との交わりの営みを、わたしたちのために取り返してくださったのです。イエス自ら血を流し、いのちを捧げて。それが、イエスの真に願うところであったのです。

「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。」(ヨハネ14章23節)

「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。」(ヨハネ17章21節)

聖霊によって、天の父との交わりが可能に

天のおん父との交わりが実ったのです。実際に父なる神を愛することができるように高めてくださったのです。その交わりを通して、神の愛の清さと強さをわたしたちにも与えてくれるのが聖霊なのです。いわば、「三位一体の家族」の一員に「わたし」が加えられたのです。それが洗礼の時です。今日の祝日の恵みの意義です。キリスト者として生きることは、この交わりを深めていくことです。そのためには日常、聖霊の働きかけがスムースになされるような「わたし」になっていることでしょう。聖霊の働きが意識されていますか?その働きに気づいていますか?

「鹿児島の宝は多くの県民を癒やし、世代をつなぐ力がある」と種子田さんは「鹿児島弁(方言)」の持つ魅力を取り上げました。わたしたち洗礼を受けた者にとって、三位一体の神との交わり(信仰)は「宝物」に、魅力になっているのでしょうか。癒やされ、つなぐ力を得ているでしょうか。また、その力を生かし、新たなつなぎになっているのでしょうか?!

イエスの気持ちに近づこう!

 

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