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Fr.YASU

2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

四旬節第2主日:イエスの生きている世界は「わたし」に近いですか、遠いですか

「これに聞け」というおん父からの指示通り、ペトロはイエスの神秘に目を挙げます。イエスの生き方を学ぶことに専念するよう呼びかけられる中で、ペトロは少しずつ、変えられていきます。日ごろの積み重ねこそが大切です。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

四旬節第1主日:イエスに倣って、四旬節は”信仰を鍛える機会”にしたい

今日の福音は、これから始まるイエス自身の道のりに向かうイエスの意気込みを感じます。霊の導きに身を任せ、人間的な自分を鍛え、ひたすら霊の導きに注目し、従っていく決意が、その行動に現されています。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

年間第6主日:イエスの癒し、救いは、苦しさの中にこそ発見できる

人に相手にされないことほど、さびしいことはありません。体験した人、または今体験している人、いるのではないでしょうか。辛いけど、その寂しさ、苦しさにしっかりと向き合ってみましょう。見続けてみましょう。そこから道が開けます。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

年間第5主日:神から出てきたイエスの使命は、「宣教する」こと。その中で、・・

イエスが来たのは、「宣教する」ためであって、奇跡は手段にすぎません。使命を遂行する中で、新たに力を得、幾多の困難を乗り越えて、救いの実現を成し遂げていかれました。わたしたちも「宣教する」中で力をいただきましょう多くの人々に、み言葉を告げ知らせる使命を受け継いでいます。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

年間第4主日:「汚れた霊の追放」は、イエスの「権威ある教え」の具体例

イエスが教える「神の国の福音」は、イエスその人のうちに実現していて、イエスという存在がすでに「教え」だった。イエスは悪霊の支配を終わらせ、神の国の支配を告げる「神の聖者」。それゆえに、人々はイエスの中に、神の子の神秘を感じ取っていったのです。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

年間第3主日:漁師たちはなぜ、網や家族を捨ててイエスに従ったのか?

イエスからの呼び出し・召命はとりもなおさず「わたし」の生き方の転換です。その本質となるのが神の介入であるとなれば、網や家族を捨てるのが重要ではなく、何かを捨てたくなるほどに神に「見られてしまい、呼ばれた」ということが肝心なことになります。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

年間第2主日:主のみ言葉の伝播は、「わたしの居場所」への招待状

今のわたしたちは、後世に語り継いでいく役割を負っています。「自分の居場所を見つけたもの」として、喜びの分かち合いをしていくのです。多くの人に真の居場所を見つけてほしいからです。自信をもって、力強く、でも、謙虚にお招きしましょう。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

主の公現:他者に気配りするように、神からの働きかけに気を配ってみたい

神の導きは不思議なものです。博士たちの問いを聞いたときに、ヘロデは怒るどころか、むしろその場所を教えて送り出すのです。彼らと一緒に行って、イエスを亡き者にすることも簡単にできたはずなのに。これが神の救いのなさり方です。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

聖家族:「子は神の賜物」とみることができれば、その喜びは大きく広がる

イエスの人となりは、マリアとヨセフに負うところ大です。やさしさ、温かな配慮する心、微笑み等、すべてが親から引き継がれているものでしょう。子どもにとっては、親の、大人の一挙手一投足が全て、生きるための「生き字引」であり、エネルギーなのです。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

待降節第4主日:世界の救いと平和のために、「わたし」は神とともにいる

「恵み」というのは、どのようなものなんでしょう。それは「主があなたと共におられる」ことなのです。恵みというのが「もの」ではなく、「かかわり」方に重きが置かれていることに注目したいものです。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

待降節第3主日:イエスの証しは、日々「わたし」の身近なところで

わたしたちの社会では、何が証しされているのか、その中身を自分の利害関係の中で判断し、行動してはいませんか。どうしても弱さを身に帯びている存在だからでしょうか。まずは、それを克服したいものです。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

待降節第2主日:『悔い改め』は生きる姿勢の転換。その難題を可能にするには

日常わたしたちが言う「悔い改め」とは何を意味しているのでしょう。「人としてあるべき道」へ戻ることでしょうか。だとすれば、そもそも「あるべき道」とは何なんでしょうか。
2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

待降節第1主日:受け継がれた信仰の遺産、希望を、今に、生かし続けるには

クリスマスの祭りが意味しているメインは「救いの時がやってくる」ということです。救いの時がやってくるという確信は、旧約の人々の心に深く焼きついていました。どんなに無視されても、希望を失くしそうになっても、その確信は揺らぐことがなかったのです。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

王であるキリスト:何気ない「わたし」の行いの中に、イエスは出会いを待っている

「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」ということばの意味は、日常の任務や置かれた環境の中で見えてくる任務等を果たしていくことを通して、イエスに出会っている、ということです。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第32主日:取り返しのきかない決定的な未来、その重みに「今」目覚める

愚かな乙女たちは、未来の現実の重大さに目覚めていなかったのです。未来の意味、自らの奉仕の重みある役務の中身をつかんでいなかったのです。「戸が閉められた」ということは、このたとえの中で重要な意味をもちます。「わたしはお前たちを知らない」という言葉は、いわば最後通告でしょう。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第31主日:一番偉い人、それは「仕える者」「へりくだる者」です

イエスに従う弟子のうちで一番偉い人は「仕える者」です。言い換えると「自分を低くする=へりくだる者」です。隣人愛は、その根底にあるのが「神に仕えている」ということです。そして、それを初めに示した方、それがイエスです。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第30主日:「隣人愛」、それは神への「わたし」の感謝の応答

「わたし」は神とのかかわりを求めているでしょうか。神の愛への感謝の心があれば、その行動としての表れが隣人愛なのです。だから、「愛しなさい」という掟は、救いへのお招きの言葉なのです。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第29主日:「わたし」には神の似姿が刻まれ、すべては神からの預かりもの

わたしたちは、わが身にかかわることすべて神からのものです。自分たちが持っているものは、自分で獲得したものだと思っているとすれば、それは錯覚です。誕生はもとより、自分の人生を自分の意のままにできますか。できません。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第28主日:日常に届く神からの”招待状”。構えずに、でも意識して応えよう

今日の福音は「救いに招かれた人のあるべき姿」を伝えようとしています。それはい日常が、普通が大事なのです。信仰を生きるのは、現実の日常生活の中。だからこそ「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」(マタイ24・44)と言われている通りなのです。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

年間第27主日:回心すること、立ち返ることを「邪魔するもの」に注意しなさい

生活に疲れた人、社会の底辺に追いやられて苦しんでいる人へのイエスの励ましのメッセージは、律法学士、長老、祭司長たちには受け止めてもらえなかった。現代社会で回心し立ち返ることを邪魔するものとは何でしょうか?