年間第33主日

2018年/B年説教=神への道標

年間第33主日:救いへの道は今日が大事!神にすがって謙虚に生きよう

一人ひとり、自分が置かれている立場を理解し、受け止め、「謙虚に」生きるように目覚めなさい、とイエスさまは勧めます。自分の立ち位置をしっかりと受け止め、謙虚に神のあわれみに信頼する生き様を貫いてみましょう。
日曜日の聖書

年間第33主日:そのとき、人の子は選ばれた人たちを四方から集める

年間第33主日(B年)の聖書(マルコ13・24~32)〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。
日曜日の聖書

年間第33主日:天の国は「僕たちの力に応じて財産を預け旅に出る主人」に例えられる。

年間第33主日(A年)の福音=マタイ25・14~30 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕 天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
2017年/A年説教=神のふところ

年間第33主日:神の意図を生きる現場でどう読むか!掟との関わりは?

人は神の「意図」を知りながらも、自分の都合を優先してしまいがちです。掟や形を守ることだけに終始し、その掟の意図を見誤ると、偏った生き方、人間となりかねません。頂いた能力をフルに生かしながら、神の意図にそって、絶えず前に進み続けましょう。
2015年/B年説教=イエスのこころ

年間第33主日:救われる道は神のあわれみへの謙虚な信頼、信仰

神の恵みの広さ、やさしさの深さ、人への愛の心は永遠に変わることがありません。「いと小さき者の一人でさえも滅びることを天の父は望まれない」とイエスさまは教えられました。わたしたちは、ありのままの自分を差し出すだけです。
2016年/C年説教=神のぬくもり

年間第33主日:現実の生活の中で、神の保護を実感し、苦しみを超えていけますように!

信仰者であるわたしたちにも、信仰者であるがゆえにイエスさまの歩いた道を生きることになるのです、と宣言なさいます。しかし、「あなたがたの頭から髪の毛一本失われることはない」と、わたしたちへの保護も約束なさいます。
日曜日の聖書

年間第33主日:わたしの名のために憎まれるが、忍耐によって命をかち取りなさい。

年間第33主日(C年)の福音=ルカ21・5~19 〔そのとき、〕ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。あなたがたはこれら>の物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」
2010年/C年説教=神のまなざし

年間第33主日:神の愛への信仰が苦しみを耐え抜かせてくれる

肉体的な殉教という現実は、今ではないでしょうが、精神的には今でも絶えず繰り返されているのではないでしょうか。「祈り」こそ、このことを物語っています。「どうぞ、主よ、わたしたちの信仰を増してください!」
2014年/A年説教=神のたしかさ

年間第33主日:神の意図を自分流に思い違い、正当化してはいないか?

当時の考え方からしますと、地中に金を埋めることは安全かつ最良の方法と考えられていました。だから、しもべは自信があったのです。しかし、彼には見落とした重要なものがありました。
2011年/A年説教=神のみことば

年間第33主日:人の豊かさは周りとの関わりの中で成長する

人から期待され、頼りにされることの喜びがあれば、「わたし」の周囲にいる人にもそれが広まっていきます。人の営みは、実はこうしたかかわりが理想なのではないでしょうか。
2012年/B年説教=主との出会い

年間第33主日:「選ばれた人たち」にとって死は滅びではない

死は不安な、怯えながら待つ時ではなく、熱心に、期待しながら待つ時なのです。それは、「今日」という日を目覚めて生きることの先にあります。「終わりの時」が今から始まっているのです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第33主日:イエスの励ましと支えが日常で感じられますように!

イエスさまは「どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしはあなたがたに授けるからである」と励まされます。