『復活節第5主日』の聖書と説教はこちら

カトリック教会の日曜日の説教

2012年/B年説教=主との出会い

四旬節第4主日:小さな破片の中に本当の宝物は潜んでいます

ニコデモは「あのようなしるしは、神がともにおられるのでなければ、だれにもできないからです」という宝物の秘密、ワン・ピース獲得を目指してイエスさまのもとに来た。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第20主日:評価を気にせず、粛々と自分が歩むべき道を進む

わたしたちは誤解を解こうともがきますが、イエスさまは粛々とご自分が歩むべき道のりを進みます。ここに、イエスさまの卓越さと優しさがあります。わたしたちには、いつも、事が終わってから気付くのです。イエスさまは人の評価を気にしません。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第19主日:イエスが弟子たちに求めた生き方は、「神がすべて!」

イエスの弟子の生き方は、「神がすべてである」ということです。一方、私たちは「お金がすべてであり、地位、高学歴が第一である」という社会の流れを断ち切ることが、まず大事な作業になるのでしょうか。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

年間第2主日:カナの婚宴の奇跡に学ぶことは、懸命の祈りと願いは叶う

神は救ってくださるお方。ゆめ忘れてはいけない大事なことです。つまり、祈り、願いの内容は神にゆだねたらいいのです。必死に祈り願ったことがあったでしょうか!?
2012年/B年説教=主との出会い

年間第2主日:世話を受ける側から世話してあげる側にまわる

ヨハネから促されてイエスさまについていった二人の弟子は、その滞在場所を見、そこに留まったのです。イエスさまから何かを受け、何かを感じたからこそこうした行動に出たのでしょう。
2014年/A年説教=神のたしかさ

主の洗礼:イエスさまは、まさに「われわれと共におられる神」

主の洗礼の祝日が年明けの今日、祝われるということは洗礼の時の、あの神のことばを意識するいい機会をいただいたといえます。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

主の洗礼:民衆とともに洗礼を受けられたのは、イエスの思いの表われ

ルカは民衆の受洗とイエスさまの受洗を並記しています。ヒューマニストとしてのイエスさまの姿は興味ある内容ですが、大事なのはイエスさまを通してなされた神のみ業であるということです。
2012年/B年説教=主との出会い

主の公現:博士たちは自分の力ではなく導かれて辿り着いた

東方の博士たちは、導かれ惹かれて幼子の元に辿り着くのです。わたしたちもこの姿勢をいつも大事にしたいものです。日本の風物詩の中にも神のメッセージを読んでみたいです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

主の公現は闇に差し込む光!私たちもひかりへの新たな旅立ちが必要です

社会の片隅で生きることを余儀なくされ、闇の中に住んでいる人たちに「光」が差し込んだのでした。それが、「主の公現」の祝日の意味ですし、わたしたちへの温かいメッセージなのです。
2012年/B年説教=主との出会い

待降節第4主日:マリアの承諾は神の意志にわが身を「委ねる」こと

偉大な存在の神が、人間(マリア)の承諾によってわたしたちの間に、隣に来てくださるのです。わたしたちは首を縦に振るだけでいいのです。その模範を示してくださったのが今日のマリアさまです。
2014年/A年説教=神のたしかさ

待降節第4主日:ヨゼフに倣いたい、戸惑いつつも静かに前に進む大切さ

今の生活の中で戸惑いがあるのであれば、それでも前に進みながら希望し続ける時、ヨゼフの「戸惑い」が安心感に変わったように、わたしたちの中でも実現します。今は待降節なのです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

待降節第4主日:マリアの真価は、主のことばは必ず実現すると信じたこと

イスラエルの民族の生きざまは、「試し」の連続で、辛い出来事の連続でもありました。その中にあって、「必ず実現する」と信じ、その先方を走られたのがマリアさまご自身でありました。
2014年/A年説教=神のたしかさ

待降節第3主日:子どもの頃「よろこびの主日」と言われていました

今日のみことばは、ヨハネを通して真の喜びへの神からの招きです。「よろこびおどれ」というパウロの叫びも、イエスさまの癒しも、人間のもろさの中で、人間をみたしてくれる唯一の神の支えです。
2012年/B年説教=主との出会い

待降節第3主日:あなたがたの中に、あなたがたの知らない人が立っている

ヨハネが叫んでいるのは、人々の中に神の姿が消えかけていることを察して、わたしたちに一人ひとりに向かって呼びかけているのです。現代の砂漠に潤いを与えていただきましょう。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

聖家族に倣う「家族の間隔」。親離れ、子離れについて思い巡らす

わたしたち家族のモデルがここにあるような気がします。新年を前に、過ぎる今年を感謝し、来る年に向けて小さな決意を添えて、新たな力と恵みを願いましょう。
2014年/A年説教=神のたしかさ

聖家族:イエス、マリア、ヨゼフはすべての家族の原型であり、模範です

「聖なる家族」は一体どのような食卓を囲んでいたのでしょうか。一人ひとりの素朴さ、静けさ、お互いの信頼感、そして神への信頼心。これら一つひとつが家族をつなぎ、輪となり、和をつくり上げていったのです。
2011年/A年説教=神のみことば

年間第18主日:イエスなしでは無力であることの自覚を促す

弟子たちが生きる意味を見いだせるのはイエスさまとつながっているときだけです。これを日々、わたしたちも自覚したいものです。それも、通常の生きかたの中で、・・・。
2014年/A年説教=神のたしかさ

年間第29主日:わたしたちの身の回りは、神からのもので一杯です。

つまり、存在そのものが神からのものであるならば、わたしたちが持っているものすべては、神によらずになったものはないということができます。したがって、神からの恵みによって自分が「ある」ということに気付きなさい、ということが「神に返せ」の中身でしょう。
2011年/A年説教=神のみことば

年間第29主日:わたしの存在すべてが神の恵みであるという自覚を

真の充実した人生はどこにあるのか。自分のすべてが神に起因していることに目覚め、神とのかかわりを生き抜いていくところにあるのではないか、と今日のイエスさまはメッセージを送っています。
2014年/A年説教=神のたしかさ

復活の主日:マグダラのマリアの関心が「遺体」だったのも無理からぬこと

彼女にとって、イエスさまは、その人生を転換できる大きな契機をくださった方です。それこそ彼女にとっては「かけがえのない」方でした。だから、せめてご遺体を求めたのでした。イエスさまを思い出し、自分を律していくための力となると思ったのでしょう。