「2017年/A年説教=神のふところ」の記事一覧(2 / 3ページ目)

復活節第4主日:羊飼いと羊の関係は、人間の母親と赤ちゃんの関係と似ている

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

羊飼いと羊の関係は母親と赤ちゃんの関係に似ています。羊飼いのイエスさまは、わたしたち羊を裏切ることがありません。名指しで覚えられ、呼ばれているのです。このことに目覚め、日々の生きる関わりの中で、イエスさまの「声」に気付きたいですね。

復活節第3主日:人は皆、外に見えない神のメッセージを持っている。

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

出来事の裏、見えないところに秘められている神からのメッセージは、現実の生きざまの中で体験しています。人間の常識の世界に留まることなく、否、その中にいながら永遠の命への望みを確かなものとしていくように、信仰を増していただきましょう。

復活節第2主日:イエスは太陽と同じく、すべての人に平安とゆるしを与える

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

弟子たちは復活したイエスさまから、確かな勇気と平安が与えられることを実体験しました。わたしたちの信仰の太陽は、主の「復活」です。太陽(イエスさま)そのものを見つめることはできませんが、太陽に照らされるものを見つめることはできます。

復活の主日:イエスの十字架と復活の出来事を「わたしの体験」にしたい

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

「イエスの十字架と復活の出来事」が、人間の救いにとって決定的な意味と力をもった出来事である、という「わたしの体験」になってきたとき、キリスト者としての誕生(洗礼)となります。そして、その出来事に込められている神のやさしさと愛、恵みと力の証人ともなっていきます。

受難の主日:イエスの受難は人間の醜さの現れ。弟子の裏切り、権力者の横暴と保身、民衆の無節操など

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

裏切られ、傷つけられ、神からの支えも感じられないほどの闇の中で、その生涯を終えようとするイエスさま。イエスさまが通られた苦しみの道を、わたしたちは今一度しっかりと見つめなおすべきでしょう。「イエスさまの道」があったからこそ、今のわたしたちがあります。

四旬節第5主日:文化は違っても、その文化の中で人は神に向かっている

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

西洋の「罪の文化」と日本の「恥の文化」という表現があるようにその環境は違っていますが、生きている「人」は「人として」同じです。神に向かっているのです。神によって、人としての生き方、信仰に、今必要な中味を上乗せしていただきましょう。

四旬節第4主日:弱くても強いのは、弱さに目覚めたときに神の恵みが働くから

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

人の世では、子どもたちを含め、「弱い立場にある人」の思いはどこかで無視されること、後回しにされることが多いです。しかし、その同じ弱さは、わたしたち皆の中に存在します。それに目覚める時、真の問題解決に向かうのではないでしょうか。

四旬節第3主日:生き生きとした出会いを実現するために必要なこととは

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

サマリアの女は、イエスさまによって冷えきった心の壁を取っていただきました。すべてがさらけ出され、そこに新しい生きる水があふれるほどに流れ込んできました。わたしたちも生きている実感を、イエスさまとともに感じ取りたいです。そのような出会いを日々、実現させたいです。

四旬節第2主日:イエスは今日も呼びかけている!あなたは真のわたしの弟子ですか?

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

「わたし」の日常で、あっと驚く、励まされる「暴露出会い」はありませんかね。あるとすれば、イエスさまの招きです。ご自分の歩まれた道に、わたしたちが自分の人生を合わせることを求められるイエスさまが、今日、呼びかけられます。

四旬節第1主日:「荒れ野」で誘惑に出会ったとき、神に向かうか、背を向けるか?

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

今の自分の信仰者としての歩みを確認する大ヒントが、今日の福音のイエスさまの姿に込められています。つまり、神に向いているのか、その反対を向いているのか、どうなんでしょうか。イエスが受けられた三つの誘惑をとおして振り返ってみましょう。

年間第8主日:思い煩いは恵みの浪費!天の父への信頼を深めることが大事

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

誰にでも、どのような資産家、立派な地位にある人にも、背負いきれない、自分の力を超える現実があます。どうしようもない人間の限界です。だから、イエスさまの招きがあります。「天の父は、あなたたちにそれらがみな必要なことを知っておられる」のですから、天のおん父への信頼をより深めましょう。

年間第7主日:絶対的平和の基盤は、悪人にも善人にも太陽を昇らせる「おん父」の心

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15・13)生き方が、イエスさまが大切にしていたものでした。その源泉は「おん父の心」です。イエスさまのこの生き方があるからこそ、不十分な「わたし」でも、平和実現の担い手になることができます。

年間第5主日:地の塩、世の光となるためには、罪に汚れた自分を素直に認めることから

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

大事なことは、自己卑下することではなく、罪に汚れた人間のありのままの姿をしっかりと見ることでしょう。それは、自分のエゴイズムとそこからくる欲望の強さが、自分と世の闇を深くしている現実に気付くことでしょう。自分を変えることができるのは、神からの働きかけだけであることに目覚めることではないでしょうか。

年間第4主日:困難の中でも勇気ある決断を!イエスの招きは心を神に向けて生きること

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

イエスさまは「自分の貧しさを知る人は幸いである」と言われます。自分の力で得ることができるこの世の富ではなく、祈りによって神から与えられる恵みだけが人を幸せにすることができる、と言われます。大きな状況の転換です。それだけに、勇気ある自己決断が求められてきます。

年間第3主日:イエスさま流とは?より貧しいところ、皆から見放されたところに行こうとする神の姿勢

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

ガリラヤに行かれたということは、より貧しいところ、皆から見放されたところに行こうとする神のなさり方が満ち溢れています。これがおん父から遣わされた「イエスさま流」なのです。イエスさま流は、無駄のない、美しい、現実的なありかたなのに、イエスさま流の原型を壊してしまい、人間流にすり替えてしまっていくのがわたしたちです。

年間第2主日:本当の救いを求めて燃えていることを目指しましょう。

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

洗礼者ヨハネの弟子たちにとって、イエスさまとの出会いは恵みでした。それは、ヨハネとの出会いの時に決定づけられていたということができるでしょう。つまり、ヨハネが持っていた神への情熱にふれたときに、彼らはすでに、イエスさまへ方向づけられていたといえるのではないでしょうか。

主の公現:人はゆるされることによって心身の健康を知り、健康な状態を維持していく

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

東方からの賢者たちは、何にも邪魔されない絶対的な安らぎを幼子イエスに感じ取っていたのではないでしょうか。周囲をはばかることなく、しかも、それまでの自分たちの仕事道具までもすべて奉献する行動に出ています。「安心した心」の状態を示している証でもあります。

神の母聖マリア:親子のかかわりを振り返り、「安心感」を提供しあえる家族を目指したい

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

この一年を、神の母マリアの執り成しと保護に委ねようという思いを強くしてスタートしたいものです。母としてのマリアさまの姿は、多くを語らず、お告げの時に、すでに受け入れていた「未知の歩み」にとても配慮なさっているように思えます。

ページの先頭へ