今週の聖書

待降節第2主日(B年)の聖書=マルコ1・1~8

2017年12月10日

1・1神の子イエス・キリストの福音の初め。

2預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。

3荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、

4洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。

5ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。

6ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。

7彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。

8わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!日曜日(主日)の聖書の後は、Fr.YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!Fr.YASUさんは司祭生活45年のカトリックの神父さんです。

2017年12月10日分の説教は、12月7日(木)17:00公開予定です。

2014年12月7日の説教

2011年12月4日の説教


第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第1朗読>>イザヤの預言

(イザヤ40・1-5、9-11)

慰めよ、わたしの民を慰めよと、あなたたちの神は言われる。
エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ、
苦役の時は今や満ち、彼女の答は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と。
呼びかける声がある。
主のために、荒れ野に道を備え、
わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。
谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。
主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る。
主の口がそう宣言される。

高い山に登れ、良い知らせをシオンに伝える者よ。
力を振るって声をあげよ、
良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
声をあげよ、恐れるな、ユダの町々に告げよ。
見よ、あなたたちの神、
見よ、主なる神。
彼は力を帯びて来られ御腕をもって統治される。
見よ、主のかち得られたものは御もとに従い、
主の働きの実りは御前を進む。
主は羊飼いとして群れを養い、
御腕をもって集め小羊をふところに抱き、
その母を導いて行かれる。

第2朗読>>使徒ペトロの手紙

(2ペトロ3・8-14)

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。

だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。