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主の公現:他者に気配りするように、神からの働きかけに気を配ってみたい

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主の公現(B年)の説教

2024年(B年)説教の年間テーマ=あなたの言葉は「わたし」の道の光

主の公現(B年)の説教=マタイ2・1~12

2024年1月7日

新年早々、能登半島地震と羽田航空機事故

新年2024年が始まりました。穏やかに始まったと思っているところに、いきなり能登半島の大地震、はたまた、羽田空港における飛行機同士の衝突事件のニュースが飛び込んできました。なんという年の始まりなんだろう、と悲嘆にくれる人、正月ののどかな雰囲気に浸っているどころではないと、落ち着かない人、喜びも嬉しさも瞬く間にどこかに吹っ飛んでいきました。

新型コロナが第5類に引き下げられたことを受けて、数年ぶりに故郷に帰省中のご家族もいたであろう能登半島の町々。一瞬のうちに命を落とされた方もいるとの報道があります。しかも、冬の真っただ中。避難生活もままならないでしょう。どこで地震が起きてもおかしくない日本列島。石川の方言「えちゃけな」(かわいい)お孫さんたちが着る晴れ着姿を見て、今年もいい年でありますように、皆が元気に過ごすことを祈願してお宮参りを済ませたその後に、いきなり訪れた災難でした。

一方、羽田の衝突事件は、海保機が、能登半島地震の災害地に、救援物資を輸送するために新潟航空基地を目指して離陸するため、滑走路を走行中だったというのです。さらに悲しいことに、日航機の乗客乗員379人は全員脱出できたのですが、海保機の乗員6人は、機長を除く5人の死亡が確認されたのです。ある海保関係者は、「これまでにない事故が起きてしまった。情報がなかなか入ってこず、やきもきしている。地震の救援活動に影響を出してはならないのだが・・・・・。」と声を詰まらせています。(讀賣新聞西部本社2024年1月3日朝刊)

大事件、大事故の度に拡散するSNS偽情報

いやなことはこれだけでは終わらないのが今の時代です。何かの事件が起こるたびに、これまでも問題になってきましたが、偽情報が平気で飛び交ってしまうのです。この度の能登半島地震をめぐり、SNS上で偽情報が拡散しているといいます。実在しない地名を挙げて救助を求めたり、原因を「人工地震」と書き込んだり。「足が挟まって動けません」「助けてください」。X(旧ツイッタ)ではそんな投稿が広まっています。中には、QRコードを付けて寄付を呼びかけるケースもあります。さらに、東日本大震災の津波の動画を加工したとみられる映像を、今回の地震による津波のように紹介している投稿もあったといいます。(同上紙)

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イエスの時代においても、情報は大事な位置を占めていたのだと思います。その情報の伝播の在り方、速さには、それこそ今のほうが明らかに確実だし、速いし、より便利であることは確かです。さらに、伝達内容の質と量においてもかなりの豊かなものを伝達できます。

イエス誕生の時にも「情報戦」があった!

当時の情報で気になっていたのが、「救い主、真の王」についてでした。当時のユダヤの王、ヘロデにしても、自分の地位を脅かすもう一人の王のことがどうしても気がかりだったのです。彼はガリラヤの反乱を鎮圧し、ローマ皇帝の政治力、軍事力をバックに、パレスティナに大きな権力と特権を確立しています。その支配は30年以上にわたりますが、重税、強制労働、疑わしいものに対する容赦のない粛清など、人々にとっては決して安住の地ではなかったのです。晩年には猜疑心が旺盛になり、王位を狙う怪しき者、疑わしい者に対しては、次々と殺しています。でも、そのうちに彼は歴史からその名が消えていきます。

東方からの訪問者が、こうした情報を知らないわけでもなかったでしょうが、その彼らは、当のユダヤの王、ヘロデを訪ねて「真の王」について尋ねるのです。三人の博士たちの「真のメシア」を尋ね当てようという思いが、ヘロデへの怖さに打ち勝ったのでしょうね。臆することなく王の前に進みでます。

3人の博士を導いた”輝く星”に着目したい

また、聖書の原文では、東方では三人の博士かもしれないが、「マギ」と呼ばれ、ユダヤ人から見れば、彼らは偶像崇拝者で、異教徒の中でも最低のものです。その彼らを「真のメシア」のもとに導いてくれたのは「光り輝く星」でした。星は、飢えた真の心を導く神の息吹であり、歩を進めていく道の光です。

それは今もなお、わたしたち老若男女の区別なく、民族の違いを超えて、才能があるなしに関係なく、すべての人に働きかける神の光なのです。わたしたちはそのことに気づいているでしょうか。

今年みたいに、新年早々悲惨な出来事に遭遇し、悲しいことが重なって続きますと、愚痴と小言をたくさん神に訴えますが、逆に、いいことが続いて起こると、こんなことでいいのかなと思い、喜んで神に感謝する代わりに、「なんだか悪いな」という不安な気持ちになっていくのです。どこか正直者ではないですよね。「こんないいことが続いていいのかな」と思うのが日本人らしくていい、奥ゆかしいと思う人が多いのでしょうかね。これが日本人らしい「控え目な姿」なのでしょうか。

全ては神の救いのわざ、神の導きは不思議

今日の福音の話の中心は、不思議な星に導かれて「ユダヤの真の王」を訪ね求めて、東方から旅してきた訪問者です。彼らの「ユダヤの王はどこに生まれたのか」という問いは、その時代を知る人からすると、衝撃的な、とんでもない言葉でした。上述したように、ヘロデはその当時絶大なる権力を保持していたからです。そのヘロデの前に彼らは進み出たのです。そして、堂々と問いを投げかけます。それに対して「ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、『行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう』と言ってベツレヘムへ送り出した。」のでした。

神の導きは不思議なものです。訪問者の問いを聞いたときに、ヘロデは怒るどころか、むしろその場所を教えて、訪問者たちを送り出すのです。また、彼らと一緒に行かなかったのも不思議です。一緒に行って、イエスを亡き者にすることは、いとも簡単にできたはずなのに。

これがすべて、神の救いのなさり方です。

今一度、他者に気配りするように、日々のわたしたちへの神からの働きかけに、なさり方に気を配ってみましょう。神への気配りができる日々であるように、・・・。

 

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