四旬節第2主日:真の救いはイエスの十字架の死を通してしかありえない

四旬節第2主日(B年)の説教=マルコ9.2~10

2012年3月4日

主との出会い

昨年の東日本大震災を受けて、「防災」に関する考え方が変わってきたといわれています。どのように変わったのか。これまでは自然の災害に対して「力」で対抗しようとしていたのが、いかに災害を散らすか、というように変化してきたというのです。力による対抗とは、5メートルの津波予報に対して、10メートルの防波堤を作るといった具合に。

この度の地震、津波は果てしなくその予報も災害回避も人間の能力を超えていることを思い知らされたのでしょう。それでも、精一杯の予防を考えないといけない現実があります。そこで、被害をできるだけ少なくし、緩和させることができるかという考え方に変更せざるを得なくなったといえます。このたびの災害は、人の思いをはるかに超えたところで発生し、結果が甚大でした。

人の思いをこえること、ものとはいろいろあるでしょうが、自然の現象であれば、なんとなく畏敬の念を感じてしまうから不思議です。俳優の滝田栄さんは、昨年の大震災後、仏像を彫る彫刻師を目指してきたそうです。被災者に何かできることはないものかと考えていたら、仏像を彫ることを思いたったということです。作業をしているときは平安な気持ちになるといいます。その仏像を見て、被災者のみなが穏やかな気持ちになってくれることを願っています、とおっしゃっておられます。

信仰の世界では、人の思いをこえるたくさんのことがあります。今日の福音でもそうです。ペトロはじめとした弟子たちにとって、イエスさまは自分たちのさまざまな苦しみに満ちた人生を救うメシアであるという確信が、それまでのイエスさまを見て感じていたことです。「あなたはキリストです」というペトロの告白のことばには、「あなたこそ、ローマの支配からも解放してくれる神のメシアです」という思いがこめられていたのは確実でしょう。それは大きな誤解でした。そのことを教えてくれたのが今日の福音のできごとです。主のご変容です。

四旬節第2主日:死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。
四旬節第2主日(B年)の聖書=マルコ9・2~10 〔そのとき、〕イエスは、ただベトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。

人の真の救いは、イエスさまの苦しみと十字架の死を通してしかありえないことを弟子たちに知らしめたのでした。ペトロたちには考えもつかない偉大な出来事だったのでした。したがって、恐怖にとられ、圧倒されたのです。そして「これに聞け」との声を聞くのです。

神のなさり方には、人の思いをはるかに超えた思いと動きがあります。わたしたちの日常の苦しみ、辛さも、その先には、平安、楽しさ、安心がまっていることを確信したいものです。主よ、弱いわたしたちを支え、励ましてください。苦しみ、辛さを乗り越えていけますように。「そのことが、あなたにとって、わたしたち一人ひとりにとって益ある、栄えあるものとなりますように」。

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