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四旬節第2主日:「彼に聞け」とは、本能のままではなく、イエスの生き方に学べ!ということ

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四旬節第2主日(A年)の説教=マタイ17・1~9

2011年3月20日

神のみことば

二月のタボル山に登りました。とはいっても、タクシーでした。とても寒く、冷たいタボル山でした。しかも、雨が降っていたのでその冷たさも身にしみたようです。夏は夏で暑く、冬は冬で寒い山頂です。このような自然環境をイエスさまも体験なさったのかと思いますと、親近感が湧いてきます。同じ空気を吸い、同じ温度を体感し、同じ風を受けたのです。

このタボル山で起こった出来事が今日の福音です。

主の変容です。この世界は、苦しみや悲しみのない、幸せな世界、人間であれば誰もが望んでいるものです。この世に生きている限り、できれば、最後まで幸せを味わっていたいという願いは、偽りのないすべての人の気持ちでしょう。

ところが、天から声が響きます。「彼に聞け」と。
ペトロも、今に生きる私たちにとっても、自分たちの本能に引きずられていきるのではなく、イエスさまの生き方に学びなさい、というのです。

四旬節第2主日:イエスの姿が変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。
四旬節第2主日(A年)の聖書=マタイ17・1~9 六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。

それはとりもなおさず、一人で十字架の道を歩むイエスさまに学びなさい、ということです。そこには光栄も称賛も、何もかもなくしていくイエスさまの生き方に学びなさいということです。

イエスさまの道は、人間的に見れば暗黒への道です。よろこび、幸せな道ではなく、苦しみへの道です。

イエスさまにかかわって生きる人にとって、「イエスに学ぶ」ということは避けて通れない現実です。つまり、わたしたちにとって後戻りできない生き方がそこにはあるのです。一度振り上げた手を下ろすことができないように、自ら選択した信仰の道は、前に進むしかないのです。

これが「信じる」という意味でしょう。人間にはおろかに見えることの中にこそ、真の生きる道があることを示しているのが、今日の福音のメッセージであるといえます。

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