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キリストの聖体:聖体は、わたしたちに見えるイエスの愛

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2020年(A年)説教の年間テーマ=「応えていますか、いつも」

2020年(A年)説教の年間テーマ=「応えていますか、いつも」

キリストの聖体(A年)の説教=ヨハネ6・51~58

2020年6月14日

二人の父親にインスパイア―されて…

「愛されていると思えない子は自分も他人も大切にできず、犯罪につながることもあるのでは」と感じるとおっしゃるのは、本郷紀宏さん(55歳)です。(南日本新聞2020年6月9日朝刊)

2001年大阪教育大付属池田小学校で起きた校内児童殺傷事件で、2年生だった長女優希さん(当時7歳)を亡くした保護者です。二度と同じような事件が起きないようにと各地で講演活動を続けています。

大阪・池田小事件の被害者本郷さん

講演活動を始めたのは、事件から数年後のことでした。「事件を起こさせない社会」に繋げようとのことからでした。大勢に話すときも、一人ひとりの目を見て訴えられるとのことです。「当時を思い出すのは苦痛。ただ、娘はもっと痛くて悲しかった」。どんなに辛くても、常に娘を思い、依頼に応じているといいます。

長女を北朝鮮に拉致された横田さん

また、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(失踪当時13歳)の父・横田滋さん(87歳)が5日に亡くなられました。めぐみさんの行方が分からなくなってから43年。拉致問題の解決を願う家族らの救出活動を牽引してきた滋さんの、「決断」と「忍耐」の日々でした。

その始まりは1997年1月21日でした。「お宅のお嬢さんが拉致され、北朝鮮にいるという情報がある」という北朝鮮の元工作員の証言を基にした情報が、国会議員秘書から切り出されたのです。(読売新聞大阪本社、2020年6月8日朝刊)滋さんは、川崎市の自宅に戻ると、妻の早紀江さんにめぐみさんの実名を公表し、情報を募る考えを説明しました。早紀江さんは「めぐみに危害が加えられる」「安全を選ぶべきだ」と主張し、反対したそうです。「匿名では信ぴょう性が薄れ、世論に訴える力も弱い。一過性の話題として忘れ去られ、また何の変化もない20年が始まるだけだ」「やるからには命がけで」と覚悟を決めた滋さんは、早紀江さんらを説き伏せたのだそうです。その年は、めぐみさんが行方不明になって20年(行方不明になったのは1977年)が、すでに過ぎていたのです。

わが子に対する親の愛に勝るものはない

「まいた種に水をやれば、いずれ花が咲く。早くいい結果が出ることを期待している」「みなさんが関心を持ち続けてくれることが政府を動かす」と訴え続け、世論の高まりが被害者の救出につながるという考えに揺るぎはなかったのでした。

親の我が子に対する愛に勝るものはないとは、昔の語り草で終わる話ではないでしょう。歴然と現代にも生きている親心です。「親思う心にまさる親心」という言葉がある通りです。つまり、親をいたわる子の気持ちよりも、親が子を思う慈愛のほうが、より深いということは、現代の親心からいまだになくなってはいないと思います。悲惨な事件が起きるたびに、本郷紀宏さん横田滋さんと同じように、「我が子を思い、愛すればこそ」の親の愛を、形に表して繋いでいかれる親御さんが、たくさんいらっしゃるはずです。

いのちは、すべて「与えられたもの」

聖体の主日です。わたしたちのいのちは、自分でつくり、自分で育て、養ってきたものではありません。わたしたちのいのちは与えられたものであり、いただいたものです。つまり、生かされてきたのです。身近な言い方をしますと、親の愛がなければわたしたちは決して育つことはなかったでしょう。幼いころの自分を知っている人は親が一番です。わたしたち自らも、幼いころの自分の育ちの記憶はありません。特に親は、自己犠牲を繰り返しながら我が子の育ちにその命を懸けてきたのです。

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年を重ねていくにつれて、その親のぬくもり、心意気が伝わってきます。子どもの気持ちの中に、そう感じるものが出てくるのです。あれだけ親を避けていたのに、年を重ねるとともに親の心を理解し、受け止めることができるようになってきます。不思議だなと思います。このような経験をお持ちの方はいらっしゃらないでしょうか。

自分を捨てて…他者のいのちを生かす

愛は、自分のいのちを惜しまないのです。愛する者のために、その人のいのちを守り抜くのです。「主の聖体」は、まさに、イエスのわたしたちへの愛が、形になってわたしたちの前に提示されたイエスの愛そのものであるといえます。つまり、イエスは、自分の持てる力のすべてをかけて、滅んでいこうとしているわたしたちのいのちを守り抜いてくれたのです。その愛の力が聖体の制定へと駆り立ててくれたのでした。

自分のいのちを捨てて人のいのちを生かす、これほどの大きな隣人愛があるでしょうか。特に身近に、親御さんの中にそれを見ることができるといえないでしょうか。

ご聖体をいただくたびに、わたしたちの今のいのちの背後には、イエスのわたしたちへの愛がしっかりとあること、それによって今生かされていることを感じ、賛美し、感謝したいものです。その祈りに、親への感謝の心と気持ちをも含めたいですね。

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