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年間第31主日:イエスのぬくもりを感じて、前に踏み出す力をいただく

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年間第31主日(C年)の説教=ルカ19・1~10

2019年11月3日

「『カルテ』もとに『1万円選書』」。人口2万に満たない過疎の町にある小さな本屋さんに、全国各地からお客さんがやってきます。どんなお客さんかと言いますと、たとえば次のような方です。「すいません。営業の仕事をしているんですが、お客様からのクレームが結構しんどいんです」。東京から旭川に出張に行く途中だという若い男性が半ば困ったような顔で声をかけてきました。(讀賣新聞大阪本社、2019年10月27日朝刊)

全国に知られだした『1万円選書』とは

「クレームをつける人って、自分が優位な立場にいたいだけだったりするんですよね」とつぶやきながら、立川談四楼『ファイティング寿限無』など3冊を紹介するのは書店オーナーの岩田徹社長です。「いわた書店」は北海道砂川市にあり、岩田さんが2007年に始めた「1万円選書」が、全国的に知られるようになったことで全国各地からの客が増えてきたというのです。

「1万円選書」とは、購入希望者に、自身の読書歴などを「カルテ」に書いてもらい、それをもとにお薦めの本を約1万円分セレクトして送るというものです。通算の利用者は6,600人に達しているとのことです。高校時代の先輩に「本が売れなくて」とぼやいたら、「おもしろい本選んで送ってよ」と1万円渡されたのがすべての始まりだそうです。岩田さんは、カルテを読むと多くの人が本に救いを求めていることを実感するとおっしゃいます。「本には何か力があるという神話はまだ生きています。道案内が必要なだけなんです」と。

活字文化復興のきっかけになって欲しい

活字文化の衰退が懸念視されている現在、というよりも、美しい日本語の衰退がもっと問題です。その中にあって、「1万円選書」は出版文化をよみがえらせる可能性を秘めているのではないでしょうか。海外の方々との交流が盛んになればなるだけ、日本語が大事になってくると、わたしは思っています。外国の方が日本に住まうのであれば、一時的とはいっても、スマホ片手に生活するわけにはいかないでしょう。やはり生きた言葉のやりとりがあってはじめて、お互いの交わりの尊さ、温かさ、有難さが分かってきます。人格と人格の交流です。人としての成長、言葉の上達等、すべて前に押しすすめていくには、アナログ世界の「めんどくささ」がどうしても必要になってきます。最後は「人」です。

人は誰でも、人との出会いを求めている

そのためのきっかけは何であってもいいように思います。物であったり、出来事であったり、また、読書であったりします。結局は、誰もが「人との出会い」を、心の奥では欲しているのです。

イエスは人としての魅力を日常の生活で培い、また、普通に生きてきました。イエスが大事にしていたことは、今出会っているこの人とは、これっきりの出会いかもしれないとして相対したことです。そのような出会いを体験した民衆の間に、イエスの人となりについてのいい噂が、口コミで広がっていったのでしょう。

今日の福音では、その噂に魅かれた一人の徴税人ザアカイが、イエスとの出会いを体験するのです。

年間第31主日:ザアカイ、降りて来なさい。今日はあなたの家に泊まりたい
年間第31主日(C年)の聖書=ルカ19・1~10 〔そのとき、〕イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。

徴税人とは、ローマのためにユダヤの人々から税を取り立てる人です。しかも、高い手数料を取ることも普通とされていました。さらに、異邦人であるローマの人々と交わり、同席して会食することもあったのです。したがって、一般のユダヤ人にとっては、嫌われ者だったのです。先週の神殿におけるファリサイ派の祈りの中にあった「徴税人のようでないことを感謝します」とは、ひょっとして、当時のユダヤ人の思い、気持ちを代弁していたのでしょうか。

嫌われ者の代表がイエスに出会いを求め

徴税人の頭をしていたザアカイは、嫌われ者の右代表的な存在であったと言えるでしょう。それゆえに、一人の人間として、ザアカイも心が冷え込んで、何かにすがる思いを抱いていたのではないしょうか。周りの人から冷たい目で見られ、寂しかったのです。温かい救いの手を差し出してくれる人を求めていたのではないでしょうか。その心の表れが、彼をしていちじく桑の木に登らせたのでしょう。いわば、こうした行為は、確かに徴税人の頭としては異常な感じがします。別の言い方をしますと、それほどにザアカイの心は渇ききっていたと言えるでしょう。

イエスは民衆の反感を押し切り彼の家へ

イエスはそのような彼を見通して、「ザアカイ、今日、わたしはあなたの家に泊まるつもりだ」と呼び掛けられるのです。ユダヤ人に嫌がられている徴税人の頭に向かって宣言されたイエスの言葉。周りの民衆はどんな思いで聞いたのでしょうか。「これを見ていた人々はみな」つぶやいたと記されています。民衆を「敵?」にまわしてまでも、目の前にいる救いを必要としている人を「この人もアブラハムの子なのだから」と言って温かい心を向けられるのです。

イエスの眼差し、やさしさがザアカイをすっぽりと包み込んで、彼に安らぎと新たな生き方への力を注ぎ込んでいったのでした。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します」。ザアカイの信仰宣言でした。

現代のわたしたちは、とかく便利さ、速さ、効率性のみに振りまわされていないでしょうか。だからこそ、スローライフ、心の充実を常に心がけたいものです。

そのきっかけは、身近なところにあります。工夫して見つけ出しましょう。より人間らしく、より女性らしく、より男性らしく、より信仰者らしく、を目指して、・・。

 

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