神の母聖マリア:「思いめぐらす」が聖母の特徴であり、かつ私たちの模範なのです

神の母聖マリア(B年)の聖書=ルカ2.1~16

2012年1月1日

主との出会い

新年明けましておめでとうございます!!
毎年のことながら、不思議だなと思いますのは、年が改まりますと気分までもが新たになっていくということです。昨日の続きが今日なのに。ただそれだけなんですが、気持ちの中では大きな違いを感じます。

かつて、フィリピンにいたとき、元旦はどんなにして過ごすのだろうかと興味がありました。大晦日の真夜中から明け方にかけてすごい爆竹を鳴らし始めます。町中が黒煙の中で動き出します。その他は普段と格別に変わったことはありません。正月よりもクリスマスの日を盛大にお祝いします。

「一年の計は元旦にあり」といわれます。わたしたち日本人にとりましては、やはり、元旦は大きな意味があります。そして、カトリック教会では、その日が、神の母聖マリアをたたえる祝日になっていることも大きな意味があります

全人類の母としてのマリアさまに、この一年を託し、守っていただきますように願い、新たな思いをこめて一年を始めることができます。そのマリアさまとはどんな方なのか?それが今日の福音に示されています。

それは「マリアはこれらのできごとをすべて心に納めて、思いめぐらしていた」(19節)マリアの姿にあります。この姿にふと思うことがありました。

といいますのは、現代社会に生きるわたしたちにとって、このマリアさまの姿は、大変に貴重だなということです。

神の母聖マリア:羊飼いたちは、マリアとヨセフと乳飲み子を探し当てた
神の母聖マリアの福音=ルカ2・16~21 〔そのとき、羊飼いたちは、〕急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。

あくせくとして動き、体だけではなく心も頭も口も手も動きっぱなしではないでしょうか。たまには、ちょっと立ち止まって静寂を楽しむことがあるのでしょうか。逆に、静寂の楽しみ方を忘れてしまった日本人がそこにいるような気がします。つまり、表面に出てきた現象だけで判断し、そのできごとの説明に当たる「ことば」に心が達していないことが現代人をして静寂の楽しみ方を忘れさせているのです。

マリアさまの特徴であり、わたしたちの模範といわれる所以は、「思いめぐらす」ことなのです。味わうことです。そこにしばしとどまることです。

これは「子育て」にもいえることです。マリアさまの子育て観は何だったんでしょうか。大いに興味があるところです。今日のみことばを見ますと、何かを感じるのではないでしょうか。それはお一人おひとりのテーマです。

今年一年、いい年でありますように、わたしたちの小さな奉献と決心をささげつつ願いましょう。「主よ、わたしたちを祝し、豊かな恵みで派遣してください」

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