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年間第23主日:奇跡には豊かなメッセージが含まれている

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年間第23主日(B年)の説教=マルコ7.31~37

2012年9月9日

主との出会い

昔から言われていることでしょうが、テレビ番組にクイズ番組がやたらと登場する時は、その国は平和な状態にあるということです。いわゆる、娯楽番組の花ざかりの状態になりますと、人の心もうきうきとしているので、つい、楽しい番組になっていくのでしょうか。

でも、それが自然のような気がします。最近では、マジックショーも増えてきました。目の前で見せられてもその「タネ」が分からないほどに、巧妙なマジシャンも増えてきました。それだけ民衆の中に深く入り込んできた証拠でしょう。

科学と技術の発達した時代に生きているわたしたちにとって、物事を合理的に考えてしまう傾向になるのはいたしかたないことでしょう。しかし、それに流されると大事なものを見失ってしまいかねません。マジックは「タネ」があるのはわかっているので、単に楽しめていけます。でも、「タネ」にあたる部分が明確でない現象に関しては、どうしても懐疑的になっていかないでしょうか。

その先端にあるのが、聖書の中に出てくる「奇跡」であろうと思います。奇跡は単に不思議な現象、としてだけで終わらせるのではありません。そこには豊かなメッセージが含まれているのです。

今日の福音の中には、イエスさまの辿られた道のりが示されています。異邦人の地とされている場所です。闇に覆われた地として旧約では紹介されています(イザヤ8章23節)。その地に希望と光を与えようとなさるのがイエスさまです。

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この流れの中で、今日の奇跡も見られるべきではないでしょうか。だれもが救うことのできなかった人をイエスさまにぶっつけてきます。闇の中の光がイエスさまなのです。つまり、人々の願いを拒まれません。「治癒」は闇が去っていくことなのです。その代わりに神の豊かな恵みを求めるイエスさまの姿があります。

その見えるしるしが「足の不自由な人が鹿のように跳ねあがった」喜びであると思います。闇に沈む人々に躍動を与えるイエスさまの姿が奇跡のしるしの裏に隠されています。本物を見つめましょう。

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