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三位一体

日曜日の聖書

三位一体:「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

三位一体(B年)の聖書=マタイ28・16~20 〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。
2018年/B年説教=神への道標

三位一体:神は自己啓示を続け、交わりに招いている。どう答えますか?

神は自己啓示を続けられます。教会を、ローマ教皇を通して、国のリーダーを経て、隣人を通して、家族・兄弟姉妹を通して、ご自分の交わりに呼び込んでいらっしゃいます。それに気づいて、さらに「イエス」というか「ノー」というのか、・・。
日曜日の聖書

三位一体:神が御子を世に遣わされたのは、御子によって世が救われるためである。

三位一体の主日(A年)の福音(ヨハネ3・16~18)神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
2017年/A年説教=神のふところ

三位一体:神は自らご自分の秘密を開示なさる。その意味することは!

神はモーセに宣言します。「主とは、あわれみ深く、恵みに富み、怒ること遅く、慈しみとまことにあふれる神である。千代にいつくしみを及ぼし、悪と背きと罪をゆるす」と。人が神との間で断絶を図ろうとしても、私たちを変えようとする愛の豊かさを持っておられるのです。
日曜日の聖書

三位一体:真理の霊が来てわたしのものを受けて、あなたがたに告げる

三位一体(C年)の福音=ヨハネ16・12~15 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。
2015年/B年説教=イエスのこころ

三位一体:神の愛の繋がりに参与することが信者の生き方

信者として生きることは、キリスト教的ヒューマニズムを生きることではありません。神の愛の関係に参与することです。そして、イエスさまがわたしたちのためにお祈りくださったように、三位一体の交わりの中で一つになることです。
2016年/C年説教=神のぬくもり

三位一体:父と子と聖霊の交わりの輪に私たちも招かれている

私たちが三位一体の神のいわゆる「仲間」となることです。とんでもないことです、と言いたくなりますが、イエスさまの生涯は、まさにこのことのために捧げられたものだったと言えるのではないでしょうか。
2014年/A年説教=神のたしかさ

三位一体:神の”やりすぎ”と思えるほど深い真心に甘えよう

三位一体の(A年)の説教=ヨハネ3.16~182014年6月15日この地球上にいくつの宗教、信仰があるのでしょう。興味はあってもその課題に取り組んだことはありません。ただ、「宗教」というからには、人の生き方と密接に関係しているのは共通のよう...
2011年/A年説教=神のみことば

三位一体:神の啓示は、こどものかくれんぼ遊びにヒントがある

わたしたちが信じている神も、自らを自分のほうから示す神です。「啓示」とはまさにそのような意味。示された内容をわたしたちが受け止めることができるかどうか、それが問題です。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

三位一体:神と人の関係はコーチと選手の関係に似ている

三位一体の主日(C年)の説教=ヨハネ16・12~15 2013年5月26日 人間は一つのことに秀でていると他のことはそうでもない、というケースが普通ではないかという気がしますが、・・・。今プロ野球で話題になっているのが、藤浪晋太郎(阪神...