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年間第33主日:人の豊かさは周りとの関わりの中で成長する

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年間第33主日(A年)の説教=マタイ25.14~30

2011年11月13日

神のみことば

人は基本的に「自由」の恵みをいただいています。したがって、自己選択ができますし、実際そのように生き抜いてきました。その中で、生きる原動力はなんだったのか、時には意識的に振り返ってみることも大事なような気がします。

何も難いことをいうつもりはありませんが、日常の一場面で、自分ひとりで生きてこられたのではないということを自覚することは、とても大事なことのように思われます。そうすることで、人にやさしくなれます。人の温かさに気づかされます。人への配慮が難なくできるようになるからです。

そして、人から期待され、頼りにされることの喜びが、実感として「わたし」の中でふくらみ、わたし自身が、人として豊かになっていきます。そうなれば、「わたし」の周囲にいる人にもそれが広まっていきます。人の営みは、実はこうしたかかわりが理想なのではないでしょうか。

今日の福音には、「タレント」の話が出てきます。このたとえ話しの中心が三人目のしもべの姿(考え方と動き)にあることは確かでしょう。自分としては、主人の財産を守るために、これほどに慎重な、安全なやり方はないと自負していたところに、「怠惰だ」としてお叱りを受けてしまったことは、納得のいかないことだったのでしょうか。しもべの反応を知ることはできませんが、・・・。

当時の教えによりますと、地中に財宝やお金を埋めることは、盗賊に対するいちばん安全な防衛手段とされていました。それだけに、このしもべにとりましては、最高の善行をしたという自信があったのでしょう。

年間第33主日:天の国は「僕たちの力に応じて財産を預け旅に出る主人」のようだ
年間第33主日(A年)の福音=マタイ25・14~30 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕 天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。

この自信が裏目に出てしまいます。そのおかげで、肝心なことが置き去りにされてしまったのでした。主人の財産を守ることは大事ですが、それよりも、財産の持ち主である主人の意向に心配りが不足していたのです。「閉じ込める」のではなく、「広く活かす」事が求められていたのです。

要するに、自分が生かされているという実感の度合いによって、相手への配慮が変わってきます。しもべと主人の関係がいかなるものであったのか、このことがわかります。二人のしもべは主人とのかかわりをホットなものとして感じ、三人目のしもべにとってはクールなものであったのかなと感じてしまいます。

いずれにせよ、豊かになる機会を「自分」という狭い殻の中に閉じ込めないことです。人と共に成長することによって、さらに自分が豊かになるのです。

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