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復活節第5主日:わたしが愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい

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今週の聖書-C年

復活節第5主日(C年)の福音=ヨハネ13・31~33a、34~35

2019年5月19日

13・31さて、ユダが晩餐の広間から出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。

32神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。

33子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。

34あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

35互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

復活節第5主日:不十分でも絆を保ち続けること。新しい何かが生まれる
生き方に関しても、不十分ながらも目指す方向が間違っていない限り、少しずつではあっても、実現へと近づいているのです。弱くても、不十分でもいいんです。大事なことは、「かかわり」を捨てないことです。

2016年4月24日の説教

復活節第5主日:隣人愛=イエスの生きざまに繋がることが救いの保証
新しい基準として、イエスさまご自身を示されます。隣人愛、兄弟姉妹愛が、その深さ、豊かさ、持続性においても、その理想とするところはイエスさまの愛し方にあるというのです。

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>使徒たちの宣教

(使徒言行録14・21b~27)

〔その日、パウロとバルナバは、テルベから〕リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返しながら、弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に任せた。それから、二人はピシディア州を通り、パンフィリア州に至り、ペルゲで御言葉を語った後、アタリアに下り、そこからアンティオキアへ向かって船出した。そこは、二人が今成し遂げた働きのために神の恵みにゆだねられて送り出された所である。到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。

第ニ朗読>>ヨハネの黙示

(黙示録21・1~5a)

わたしヨハネは、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言った。

日曜日の聖書
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yaziro

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カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ還暦世代です。
yaziroの名は、1549年聖フランシスコ・ザビエルを鹿児島に案内してきた薩摩の人・ヤジローに由来しています。

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