主の降誕(A年)の説教=ルカ2.1~14

2016年12月25日

2017年説教の年間テーマ「神のふところ」
神のふところは限りなく大きい

「育ち」の中で大事なものは何でしょうか?

時が流れ、時代が変化していくにつれて、同じく変わるものがたくさんあります。その中で、わたしたち人間に影響があるものとして「ことば」があります。死語として廃れていくものもあれば、それにつれ、新語として登場してくるものもあります。

外国語より母国語の習得こそが大事

それだけに、母国語の習得は大事であると思います。他の外国語を習得するためにも欠かせないことです。内田伸子さんは、その著書の中でおっしゃいます。

「日本語がきちんとできていれば、英語の学習は後からでも間に合います。バイリンガルをめざすなら、まずは日本語の力を鍛えること。英語よりも大切なのは国語です。国語がしっかりできているなら、たとえ中学生になって英語を習い始めてもちゃんと身につけられるでしょう」と。(「子育てに『もう遅い』はありません」)

そして、小学生への英語教育に大反対であると断言なさいます。

習い事より、親子のスキンシップを

幼少時代の親子のかかわりが大事であることは万人が認めるところであると思います。何が大事なのでしょうか。

幼稚園の年代になりますと、多くの子どもたちが、いわゆる、学習塾に通う姿が見られます。そろばん塾、書道、舞踊、英語塾等、かなりの塾に通い、実に「忙しい」子どもたちです。中には、一日の中で、いくつかの塾を掛け持ち、本番の幼稚園では居眠りしている子もいなくはありません。何が大事なのでしょう。親子のスキンシップどころではなくなります。

いつの時代も子は親の宝物を引き継ぐ、これが「子育ち」

親が子に期待している気持ちはよくわかります。しかし、子どもが親に期待するものは、・・。どこかで無視されていないでしょうか。子どもが成長していくきっかけを提供し、どのように育っていくのかの鍵を提供するのは親御さんです。

子どもたちは、自分の親から発信されてくるものを待っているのです。それは、親自身の中に蓄えられているその人の宝物です。その宝物を分かち合っていくのが「子育て」ではないでしょうか。言葉使い、状況に応じた所作、喜怒哀楽の表現等、すべてが分かち合い(子育て)を通して引き継がれていきます。

ひとことで言えば、親がそれまでに培ってきた「生活習慣」(生き方)が、こどもの中で形を変えて引き継がれていきます。

イエス誕生はヨセフとマリアの宝物にも気づく日

今日はイエス・キリストの誕生を祝う日です。命あるものは必ず命の始まり(誕生)があります。いうまでもなく、イエスさまの両親はヨセフさまとマリアさまです。父親のヨセフさまは、「義人」として尊敬されています。聖なる神の前に畏れおののきます。

神の前に自分は罪に汚れきっているという自覚があるからです。自ずと神から遠のいてしまいます。一方、マリアさまはすべてのことを心に留めて思いめぐらしておられます。

お二人とも目立った生活を送っておられたわけではありませんでした。ただ、ひたすら神の救いの訪れを期待し、祈っておられたのでした。こうして培われたお二人の「生活習慣」(生き方)は、後の「イエスさま育て」に大きな力となります。

イエスさまが引き継いだものは人類の「救い」の業

イエスさまの誕生は歴史的事実、歴史的できごとであるとルカは強調します。
誰もが否定することのできないある時期に、そして、ローマ帝国の支配下にある小さな国、イスラエルの目立たない町のはずれで誕生したのです。誕生の瞬間から、イスラエル人のみならず、人間の常識からしますと、期待外れの「救い主」の誕生でした。

何もかもが、貧しく、目立たない、弱いイメージしか出てこない姿でした。当時の人びとが描いていた「救い主」のイメージとはかなりかけ離れていたのです。

いわば、この矛盾したかのような現実が、当時の権力者たちの反対にあい、十字架の刑を受けて生涯を終えるのです。人びとにとっての矛盾は、ヨセフとマリアにとってはそうではなく、イエスさまの思いと同じでした。それは、親子だからです。

ヨセフとマリアの生き方は、イエスさまの救いの業の実現という形を変えた生き方となって花開いたのです。飼い葉おけの幼子の中にその力と愛のやさしさを見つけ、もっとイエスさまに引き寄せていただきたいです。