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復活節第4主日

2024年/B年の説教=あなたの言葉は「わたし」の道の光

復活節第4主日:愛は動詞。真の愛は犠牲を払いつつ、いつも動いている

わたしたち人間にとっては、愛すること、人を大事にすることには、自己犠牲が伴い、苦しく辛いです。自分の思いのままに生きたいと思いつつ、周りに対する配慮も欠かせません。何となくすっきり感がしません。でも、そこにその人の真実の愛が横たわっているのではないでしょうか。
2023年/A年説教=み言葉は「救い」の見極め

復活節第4主日:自分の魅力とは?イエスの前で見つめ直すともっと豊かになる

神に背を向けて孤独と不安のなかで生活しているわたしたち一人ひとりを、あわれと思ってくださるイエスの心こそが、わたしたちがいただいているタレントをさらに生かし、「わたし」の魅力をさらに増してくださるのです。
2022年/C年説教=弱き者を救う神

復活節第4主日:自分が置かれた立場でそれぞれ「和」の関りを

羊は羊飼いによって守られ、導かれなければ、生きていくことができない動物です。羊飼いの思いが、羊たちに通じるのは、羊飼いが羊のことを一頭一頭の個性までも知り抜いているから。羊飼いと羊の関係は、イエスとわたしたちの関係と同じです。
2021年/B年説教=新しいいのちの輝き

復活節第4主日:母子間の確かな信頼関係はイエスと「わたし」の間にも

羊飼いはオーナー羊飼いと雇われ羊飼いの2通りあり、行動を起こすときの原点が両者では大いに異なるのです。雇われ羊飼いは、己の利益を追求する損得の論理です。それに比べ、真の羊飼いは羊を愛しているが故の愛の論理です。
2020年/A年説教=応えていますか、いつも

復活節第4主日:それぞれが置かれた場所で、どんな小さなことにも邁進を

どんなに小さなことであったとしても、一人ひとりが置かれた場で、できることに邁進することが肝要です。新型コロナウイルス感染予防対策においても、司祭召命の増大を願うことに関しても、それぞれが与えられた環境の中で邁進しましょう。
2019年/C年説教=召ばれています、いつも

復活節第4主日:羊飼いは羊をよく知り、羊はその声を聞き分ける

イエスは、「わたしと父はひとつである」ことを伝えるべく、羊と羊飼いの話をされます。ここで重要視されているのは、羊飼いと羊の絆の問題です。「わたしの羊」と「わたし」との間にある絆が、いかに強いものであるかが示されています。羊飼いの思いが羊に通じるというのです。なぜなら「わたしは羊を知っている」からです。
2018年/B年説教=神への道標

復活節第4主日:善い牧者は、羊を、わたしたち人間を決して見放さない。

「善い牧者」の生き方は、イエスさまの人類に対する愛の確かさを示すものです。決して見放すことはなさいません。わたしたちがイエスさまを見放さない限り、一人ひとりを名指しで招かれます。
2017年/A年説教=神のふところ

復活節第4主日:羊飼いと羊の関係は、人間の母親と赤ちゃんの関係と似ている

羊飼いと羊の関係は母親と赤ちゃんの関係に似ています。羊飼いのイエスさまは、わたしたち羊を裏切ることがありません。名指しで覚えられ、呼ばれているのです。このことに目覚め、日々の生きる関わりの中で、イエスさまの「声」に気付きたいですね。
2015年/B年説教=イエスのこころ

復活節第4主日:羊飼いの活動の原点は愛情。損得は問題にしません

「わたしはよい牧者である」とイエスさまがおっしゃるとき、このよい羊飼いの姿をご自分に当てはめておられます。よい牧者としてのイエスさまは、わたしたち人間を限りなく大切にしてくださるということです。
2016年/C年説教=神のぬくもり

復活節第4主日:神の啓示は発展し、信仰も成長していく

今日の善き牧者の話は、語り継がれてきた「メシア、救い」の中身が明らかにされる話です。つまり、父と子の交わりの中にわたしたちを招き入れること、その実現がメシアの役割であり、救いの実現であるといわれます。
2014年/A年説教=神のたしかさ

復活節第4主日:神の声を聞き分けることができる時を大事に待ちましょう

イエスさまとマリアの出会いの実りは「マリア」「ラボニ」という応答の中にすべてが包含されています。つまり、マリアはイエスさまの呼びかけを「聞き分ける」ことができたのでした。そして、信じて最期まで従っていったのでした。
2012年/B年説教=主との出会い

復活節第4主日:良い羊飼いとは、私たちと起居をともにするイエスのこと

イエスさまご自身の生き方がまさにこの羊飼いの生き方なのです。ご自分の命を張って人びとの身代わりとなるのです。そして、人びとを安心できるところに案内します。これが救いです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

復活節第4主日:神に大事にされている「自分」を自覚しましょう

イエスさまは、わたしたちに「大事にされている自分」に気付くように促されます。神に大事にされている「自分」です。父と子が一つであるのは、その間にわたしたち「人間」がいるのです。それほどにわたしたちは大事にされているのです。
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