"年間第7主日"

日曜日の聖書

年間第7主日:人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい

年間第7主日(C年)の聖書=ルカ6・27-38 2019年2月24日 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕 6・27「わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。 28悪口...
日曜日の聖書

年間第7主日:敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。天の父の子となるためである。

年間第7主日(A年)の聖書=マタイ5.38~48 あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。
2017年/A年説教=神のふところ

年間第7主日:絶対的平和の基盤は、悪人にも善人にも太陽を昇らせる「おん父」の心

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15・13)生き方が、イエスさまが大切にしていたものでした。その源泉は「おん父の心」です。イエスさまのこの生き方があるからこそ、不十分な「わたし」でも、平和実現の担い手になることができます。
2011年/A年説教=神のみことば

年間第7主日:自分の命も他者のために開く!そうあり続けることがキリスト者の理想では

イエスさまは、ご自分が神であることを固持しようとはせず、十字架上の死に至るまでにご自分をわたされたのです。いわゆる、権利の放棄です。しかも、生きる権利を人々の救いのために放棄なさったのです。
日曜日の聖書

年間第7主日:屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした

年間第7主日(B年)の聖書=マルコ2.1~12 数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。
2012年/B年説教=主との出会い

年間第7主日:不調の時に神を求める祈りは人間の渇き、普通の姿

神はさりげなくわたしたちを引きよせてくださいます。わたしたち人間に強いることなく、わたしたちを肯定し、高めてくださいます。だから、苦しいときの神頼みも意味が出てきます。
2014年/A年説教=神のたしかさ

年間第7主日:平和と秩序の基盤は権利だけでなく、天のおん父の心で

それは、悪いことだとわかっていても、手を染めてしまうわたしたちの現実をご存知の「父」だからこそ、伝わってくる内容であると思います。その極みが十字架の死に至るまでご自分を渡された独り子イエスさまです。