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主の昇天

2019年/C年説教=召ばれています、いつも

主の昇天:節目を大切に!転機に際しては「神の愛」を中心に据えてほしい

主の昇天は弟子たちにとって大きな転換期となりました。わたしたちの日常でも、このような転換期はあります。どのように感じ、意識しているのでしょう。弟子たちは、神に生きる中心をおくことができました。わたしたちは完全にできなくても、少なくとも、その方に向かおうとして祈り、動いているでしょうか。
日曜日の聖書

主の昇天:イエスは、弟子たちを祝福しながら、天に上げられた

主の昇天(C年)の福音=ルカ24・46~53 〔そのとき、イエスは弟子たちに〕言われた。「聖書には次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。
日曜日の聖書

主の昇天:全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい

主の昇天(B年)の福音=マルコ16・15~20 〔そのとき〕イエスは十一人の弟子たちに現れて、言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。
2018年/B年説教=神への道標

主の昇天:イエスの救いの業の継承は弟子たちへ、そして、今の私たちへ

福音宣教することは、自分の人間的な信念やイデオロギーを伝え、広めることではない。あくまでも、イエスさまを伝えることであり、イエスさまに人々を出会わせることにあります。世界の人々は、嘆きの叫びをあげて救いの訪れ、福音を待っているのです。
日曜日の聖書

主の昇天:イエスは弟子たちに言われた。世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。

主の昇天(A年)の福音=マタイ28・16~20 〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。
2017年/A年説教=神のふところ

主の昇天:イエスはいつの時代も、誰にとっても「イクボス」(理解と配慮のある方)です

「わたしが去っていくのは、あなたがたにとって有益である」(ヨハネ16章7節)その上で、聖霊の注ぎによって、自立への道を弟子たちに準備なさいます。イエスさまはいなくなったのですから、「見ないで信じる信仰」へと弟子たちを招かれるのです。
2015年/B年説教=イエスのこころ

主の昇天は、イエスさまから「聖霊」へのバトンタッチが実現した日です

イエスさまは弟子たちの不信仰をお咎めになりながらも、「全世界に行き、すべての者に福音を宣べ伝えなさい」とお命じになります。不利な条件、不都合なことがあっても、「前を向きなさい」と励まされるのです。
2016年/C年説教=神のぬくもり

主の昇天は、イエスが私たちに託された使命に目覚める転機

わたしたちは例外なく、「信仰の目」で見たことを語り継ぐあかし人なのです。そして、お互いの生き方の「転機」となるような存在者になっていきたいです。
2014年/A年説教=神のたしかさ

主の昇天:DNAが人の数だけあるようにイエスの恵みも多様

主の昇天(A年)の説教=マタイ28.16~202014年6月1日わたしたちの「DNA」に、同じなものは一つとしてないということが、とても不思議に思います。専門家にとっては当たり前のことでしょうが、・・・。
2012年/B年説教=主との出会い

主の昇天:周囲の方々の嘆き節に敏感になれる感性を培う

「福音を宣べ伝える」ということは、その人の信念やイデオロギーを伝えるということではなく、「イエスさまご自身」を伝え、イエスさまとの出会いへと人々を招いて行くことです。
2013年/C年説教=寄り添うイエス

主の昇天:見えないが別の形で「共にいる」から心配無用

主の昇天(C年)の説教=ルカ24.46~532013年5月12日わたしたち人間は、等しく、例外なく、限られた時間の中で生活しています。そして、この生き方を楽しむように向けられています。時の移り変わりの中で生きている限り、いつかは終焉の時が来...
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