待降節第4主日:主のことばは必ず実現する、と信じた方は幸いです。

今週の聖書

待降節第4主日(C年)の聖書=ルカ1・39~45

2018年12月23日 

1・39そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。

40そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。

41マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、

42声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。

43わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。

44あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。

45主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

2015年12月20日の説教

待降節第4主日:神の約束は日々の動きの中でさりげなく履行される
日々の一歩一歩は神の思いの現れです。だから「今」を大事に!マリアに倣って、神は必ず人間にいいことをしてくれると希望し、信じていきたいです。

2012年12月23日の説教

待降節第4主日:マリアの真価は、主のことばは必ず実現すると信じたこと
イスラエルの民族の生きざまは、「試し」の連続で、辛い出来事の連続でもありました。その中にあって、「必ず実現する」と信じ、その先方を走られたのがマリアさまご自身でありました。

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>ミカの預言

(ミカ5・1-4a)

〔主は言われる。〕
エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのために
イスラエルを治める者が出る。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。
まことに、主は彼らを捨ておかれる
産婦が子を産むときまで。
そのとき、彼の兄弟の残りの者は
イスラエルの子らのもとに帰って来る。
彼は立って、群れを養う
主の力、神である主の御名の威厳をもって。
彼らは安らかに住まう。
今や、彼は大いなる者となり
その力が地の果てに及ぶからだ。
彼こそ、まさしく平和である。

第二朗読>>使徒パウロのヘブライ人への手紙

(ヘブライ10・5-10)

〔皆さん、〕キリストは世に来られたときに、次のように言われました。「あなたは、いけにえや献げ物を望まず、むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。あなたは、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。そこで、わたしは言いました。『御覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、神よ、御心を行うために。』」ここで、まず、「あなたはいけにえ、献げ物、焼き尽くす献げ物、罪を贖うためのいけにえ、つまり律法に従って献げられるものを望みもせず、好まれもしなかった」と言われ、次いで、「御覧ください。わたしは来ました。御心を行うために」と言われています。第二のものを立てるために、最初のものを廃止されるのです。この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。

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yaziro3

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カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ還暦世代です。
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