『年間第12主日』の聖書と説教はこちら

年間第12主日:イエスは言われた「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」

この記事は約2分で読めます。
年間第12主日(B年)の聖書

年間第12主日(B年)の聖書

年間第12主日(B年)の聖書=マルコ4・35~41

2021年6月20日

4・35その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。

36そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。

37激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。

38しかし、イエスは艦の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。

39イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。

40イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」

41弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

2021年6月20日の説教

年間第12主日:普段の生活の中で試されている「わたしたち」の信仰
わたしたちは日々、普段の生活の中で試され、克服し、ますます人として、信仰者として、その任にあるものとしてより豊かな人となりを身にまとい、仲間とともにまた、日常に派遣されていきます。

2015年6月21日の説教

年間第12主日:不安を体験をするたびに、イエスさまに戻りましょう
わたしたちは不安を感じると心拍数が多くなり普通でいられなくなります。だからこそ、日々の訓練は大事です。不安を体験をするたびに、イエスさまに戻りましょう。

第一朗読と第二朗読を下の方に掲載しましたので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは第一朗読、第二朗読に続いて、三番目に上記の聖書(福音書)が朗読されます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>ヨブ記

(ヨブ38・1、8-11)

主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。

海は二つの扉を押し開いてほとばしり母の胎から溢れ出た。
わたしは密雲をその着物とし濃霧をその産着としてまとわせた。
しかし、わたしはそれに限界を定め二つの扉にかんぬきを付け
「ここまでは来てもよいが越えてはならない。
高ぶる波をここでとどめよ」と命じた。

第二朗読>>使徒パウロのコリントの教会への手紙

(Ⅱコリント5・14-17)

〔皆さん、〕キリストの愛がわたしたちを駆り立てています。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。

それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じたのです。

日曜日の聖書
スポンサーリンク
シェアをお願いします!
この記事を書いた人
yaziro

このサイトの運営者yaziro(ヤジロー)➡ カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ iPhone 好きジイジです。
最近はWordPress、Line、Web会議システム、YoutubeやOBSの活用法に没入中!
yaziroの名は、1549年聖フランシスコ・ザビエルを鹿児島に案内してきた薩摩の人・ヤジローにあやかっています。

yaziroをフォローする
教会のITサポート:826村

コメント

タイトルとURLをコピーしました