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年間第33主日:わたしの名のために憎まれるが、忍耐によって命をかち取りなさい。

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今週の聖書-C年

年間第33主日(C年)の福音=ルカ21・5~19

2019年11月17日

〔そのとき、〕21・5ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。

6「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

7そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」

8イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。

9戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」

10そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。

11そして、大きな地震があり、方々に飢鐘や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。

12しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。

13それはあなたがたにとって証しをする機会となる。

14だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。

15どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。

16あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。

17また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。

18しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。

19忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

2016年11月13日の説教

年間第33主日:現実の生活の中で、神の保護を実感し、苦しみを超えていけますように!
信仰者であるわたしたちにも、信仰者であるがゆえにイエスさまの歩いた道を生きることになるのです、と宣言なさいます。しかし、「あなたがたの頭から髪の毛一本失われることはない」と、わたしたちへの保護も約束なさいます。

2013年11月17日の説教

年間第33主日:イエスの励ましと支えが日常で感じられますように!
イエスさまは「どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしはあなたがたに授けるからである」と励まされます。

2010年11月14日

年間第33主日:神の愛への信仰が苦しみを耐え抜かせてくれる
肉体的な殉教という現実は、今ではないでしょうが、精神的には今でも絶えず繰り返されているのではないでしょうか。「祈り」こそ、このことを物語っています。「どうぞ、主よ、わたしたちの信仰を増してください!」

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>マラキの預言

(マラキ3・19~20a)

見よ、その日が来る、炉のように燃える日が。高慢な者、悪を行う者はすべてわらのようになる。到来するその日は、と万軍の主は言われる。彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。

第二朗読>>使徒パウロのテサロニケの教会への手紙

(Ⅱテサロニケ3・7~12)

〔皆さん、あなたがたは、〕わたしたちにどのように倣えばよいか、よく知っています。わたしたちは、そちらにいたとき、怠惰な生活をしませんでした。また、だれからもパンをただでもらって食べたりはしませんでした。むしろ、だれにも負担をかけまいと、夜昼大変苦労して、働き続けたのです。援助を受ける権利がわたしたちになかったからではなく、あなたがたがわたしたちに倣うように、身をもって模範を示すためでした。実際、あなたがたのもとにいたとき、わたしたちは、「働きたくない者は、食べてはならない」と命じていました。ところが、聞くところによると、あなたがたの中には怠惰な生活をし、少しも働かず、余計なことをしている者がいるということです。そのような者たちに、わたしたちは主イエス・キリストに結ばれた者として命じ、勧めます。自分で得たパンを食べるように、落ち着いて仕事をしなさい。

日曜日の聖書
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yaziro

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カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ還暦世代です。
yaziroの名は、1549年聖フランシスコ・ザビエルを鹿児島に案内してきた薩摩の人・ヤジローに由来しています。

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