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年間第3主日:「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」

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今週の聖書

年間第3主日(B年)の聖書=マルコ1・14~20

2018年1月21日

1・14ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤヘ行き、神の福音を宣べ伝えて、

15「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

16イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。

17イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。

18二人はすぐに網を捨てて従った。

19また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、

20すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

日曜日の説教もどうぞ!
日曜日(主日)の聖書に続いて、YASUさんの説教(メッセージ)はいかがでしょうか!
YASUさんはカトリックの神父さんです。

▽2018年1月21日分の説教は、1月18日(木)17:00公開予定です▽

年間第3主日:神の「お墨付き」は絶対!イエスの招きに自分を託そう
人の世界の「お墨付き」には、「絶対、完璧」はあり得ませんが、神の「お墨付き」は絶対です。イエスさまがわたしたちに与えてくださった愛のすべてを受け、その愛を周囲の人々に与えていく信仰生活をめざしているのでしょうか。

2015年1月25日の説教

年間第3主日:自分自身を捧げものとして奉献できますように!
自分はこのような仕事をするにふさわしい存在ではない、ということはないのです。それを十分に果たすことのできる力をも用意してくださっているのです。

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>ヨナの預言

(ヨナ3・1~5、10)

主の言葉がヨナに臨んだ。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。

神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことを御覧になり、思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。

第二朗読>>使徒パウロのコリントの教会への手紙

(Ⅰコリント7・29~31)

兄弟たち、わたしはこう言いたい。定められた時は迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世の有様は過ぎ去るからです。

日曜日の聖書
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yaziro

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カトリック教会のこと、デジタルのことに関心を持つ還暦世代です。
yaziroの名は、1549年聖フランシスコ・ザビエルを鹿児島に案内してきた薩摩の人・ヤジローに由来しています。

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