年間第28主日:天の国は、王子の婚宴に似ている。招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。

今週の聖書

年間第28主日(A年)の聖書=マタイ22・1~14

2017年10月14日

〔そのとき、〕22・1イエスは祭司長や民の長老たちにたとえを用いて語られた。

2「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。

3王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。

4そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』

5しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、

6また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。

7そこで、王は怒り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。

8そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。

9だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』

10そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。

11王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。

12王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、

13王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』

14招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

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▽2017年10月15日分の説教は、2017年10月12日(木)17:00公開予定です▽

年間第28主日:日々受けている神からの招待に、どのように対応すべきか
福音の中で王からの招きを拒絶する人、礼服を身につけない人に共通することは、品格と賢明さの無さではないでしょうか。私たちは神からの招待を受けています。その招きをお受けできる「わたし」でいるでしょうか?

2014年10月12日の説教

年間第28主日:救われたことへの感謝の思いがあるかが問われている
いつでも招待されることを思い、そのことへの感謝の心がある人と、そうでない人との違いが「礼服」という姿で表現されている、ということです。つまり、救われる(宴席につく)ための資格が云々されているのではありません。

2011年10月9日の説教

年間第28主日:いい人との関わりを通して大きく成長していきたい
イエスさまを取り巻く人々の存在は、イエスさまにも少なからず刺激をあたえてしまうのです。しかし、地上の現実にのみ心を奪われている人々には、イエスさまのことば、招きが入り込む余地はありません。

第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>イザヤの預言

(イザヤ25・6~10a)

万軍の主はこの山で祝宴を開き
すべての民に良い肉と古い酒を供される。
それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。
主はこの山で
すべての民の顔を包んでいた布と
すべての国を覆っていた布を滅ぼし
死を永久に滅ぼしてくださる。
主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい
御自分の民の恥を
地上からぬぐい去ってくださる。
これは主が語られたことである。
その日には、人は言う。
見よ、この方こそわたしたちの神。
わたしたちは待ち望んでいた。
この方がわたしたちを救ってくださる。
この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。
その救いを祝って喜び躍ろう。
主の御手はこの山の上にとどまる。

第二朗読>>使徒パウロのフィリピの教会への手紙

(フィリピ4・12~14、19~20)

貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。
わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

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