年間第8主日:あなたは、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか

今週の聖書

年間第8主日(C年)の聖書=ルカ6・39~45

2018年3月3日

6・39そのとき、イエスは弟子たちに、たとえを話された。「盲人が盲人の道案内をすることができようか。二人とも穴に落ち込みはしないか。

40弟子は師にまさるものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる。

41あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

42自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。」

43「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。

44木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる。茨からいちじくは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。

45善い人は良いものを入れた心の倉から良いものを出し、悪い人は悪いものを入れた倉から悪いものを出す。人の口は、心からあふれ出ることを語るのである。」

 聖書本文は 日本聖書協会の「新共同訳聖書」から引用しています。
日曜日の聖書は、日曜日の説教とともに毎週木曜日の夕方に更新されます。
カトリック教会では日曜日のことを主日(しゅじつ)と言います。

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第一朗読と第二朗読を以下に掲載しますので、続けてお読みくだされば嬉しいです。実は、カトリック教会の主日(日曜日のこと)のミサでは上記の聖書(福音書)より先に読まれます。

【注】第一朗読は復活節を除き、旧約聖書が朗読されます。因みに、復活節は新約聖書の使徒言行録が朗読されます。また、第二朗読では、新約聖書の中の使徒書と呼ばれる聖書が朗読されます。

第一朗読>>シラ書

(シラ書27・4-7)

ふるいを揺さぶると滓が残るように、
人間も話をすると欠点が現れてくるものだ。
陶工の器が、かまどの火で吟味されるように、
人間は論議によって試される。
樹木の手入れは、実を見れば明らかなように、
心の思いは話を聞けば分かる。
話を聞かないうちは、人を褒めてはいけない。
言葉こそ人を判断する試金石であるからだ。

第二朗読>>使徒パウロのコリントの教会への手紙

(Ⅰコリント15・54-58)

この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。
「死は勝利にのみ込まれた。
死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。

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yaziro3

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