「主の復活(イースター)」タグの記事一覧

復活の主日:イエスの十字架と復活の出来事を「わたしの体験」にしたい

2017年/A年説教=神のふところ
2017年説教の年間テーマ「神のふところ」

「イエスの十字架と復活の出来事」が、人間の救いにとって決定的な意味と力をもった出来事である、という「わたしの体験」になってきたとき、キリスト者としての誕生(洗礼)となります。そして、その出来事に込められている神のやさしさと愛、恵みと力の証人ともなっていきます。

復活の主日:人間的常識にこだわる限り、「わかりません」としか言えない

2015年/B年説教=イエスのこころ
Fr.YASU

すべての人に死は訪れます。人間的に見れば、死によってすべてが終わりです。しかし、「主の復活」は神とつながっている限り、死を乗り越えて新たな命につながっていくことを、わたしたちに保証してくださった、大きな希望をいだかせてくれる出来事です。

復活の主日/イースター:二人の弟子は墓に入って、空の状態を見て、信じた。

カトリック教会の日曜日の聖書
今週の聖書

復活の主日(A年)の福音=ヨハネ20・1~9 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。

復活の主日:マグダラのマリアの関心が「遺体」だったのも無理からぬこと

2014年/A年説教=神のたしかさ

彼女にとって、イエスさまは、その人生を転換できる大きな契機をくださった方です。それこそ彼女にとっては「かけがえのない」方でした。だから、せめてご遺体を求めたのでした。イエスさまを思い出し、自分を律していくための力となると思ったのでしょう。

主の復活:「空の墓」とは?何かが完全に終わるとところに、まったく新しい何かが始まる

2011年/A年説教=神のみことば
神のみことば

過去の生き方に留まるのではなく、まったく新しい世界に導いてくださるのが今日の祝日です。マリアも二人の弟子たちもそのことには気づいていません。人の醜い思いにつぶされたイエスさまの受難と死は、まったく形を変えて、人の救いというイエスさまのわたしたちへの愛に変えられたのです。

ページの先頭へ