四旬節第4主日(A年)の説教=ヨハネ9・1~41

2017年3月26日

2017年説教の年間テーマ「神のふところ」
神のふところは限りなく大きい

第三者が言う「こども」は、何歳までを指すのでしょうか?

世の親が「わが子」と呼ぶときの「こども」は、年齢に関して言えば、幼稚園児であれ、30歳になっている社会人であれ、その年齢に関係なく「我が子」です。ところが、第三者が呼ぶときの「こども」は、何歳までをさすのでしょうか。

「少子化」「待機児童」「認定こども園」等、子どもを取り巻く諸問題に関して、各方面からその打開策に取り組む姿勢が紹介され、動きがおこっているのは事実です。一方で、その裏側では、いただけない事案も発生しています。

子どもをとりまく諸問題で、不祥事も出ている

先日、「こども園定員1.5倍の園児」の見出しで大きなニュースになった出来事がありました(讀賣新聞大阪本社2017年3月20日朝刊)。兵庫県姫路市の私立認定こども園における不祥事件です。定員(46人)の約1.5倍の園児を受け入れていたばかりではなく、給食を十分に提供していない実態が明らかになったということです。「劣悪な環境」の中で保育に当たっていたということになります。おかずがスプーン一杯というお子さんもいたといいます。

姫路市では虚偽報告したこども園の認定取り消しへ

姫路市によりますと、同園は0~5歳児68人を常時預かり、定員を超える22人については、一人月額約2万~4万円の保育料を徴収し、簿外でプール。一時保育も随時受け入れていたようです。悪いことが次から次です。保育士に関しても偽りの報告がなされていました。13人の保育士が必要な現状の中で、3人分を名義貸しで水増しし、報告していたということです。

こうした園の体質は、到底、ゆるされることではないと、誰もが不信感を抱くのではないでしょうか。そこで、市は「認定」を今月中にも取り消す検討に入ったということですが、当然であるとの意見が聞かれます。「認定取り消し」で問題は終止符を打たれるのでしょうか。

教育に関わる人たちの責任は大きい

どんな仕事でも、いい加減な気持ちで臨むことはゆるされないでしょう。また、そういう気持ちで働いている方はいないと思います。中でも、教育現場は、そこで関わっている人たちの存在が、園児、児童、生徒、学生の将来に大きな影響を与えてしまいます。それだけに責任を感じてしまいます。とはいうものの、教育の原点は、言うまでもなく、「家庭」ですが、・・。

問題事案への対策よりも、子ども自身に対する研究を!

「子ども」に関する問題が発生するたびに思うことです。「子どもの問題」を問題にしますが、「子ども自身」を問題にすることはあまりないような気がします。問題が起きないような工夫に対しては知恵を絞り、研究を重ねます。しかし、子どもの生態に関しての研究を取り上げる姿があってもいいのではないかと思うのです。「生態学」というのでしょうか。それに沿った教育内容はいかに。どこかで、研究は進められているのかもしれませんが、・・。

「弱い立場」を感じることができる人の育成を求める

わたしたちの日常生活の中で、気になることってたくさんあります。しかも、自分がその当事者になってしまうこともないとは言えません。いわゆる「弱い立場にある人」です。人が生きている限り、いつの時代にもあるのではないでしょうか。だからこそ、根本的な対処が求められます。願わくは、人はどこかで「安心、安全」でありたいのです。したがって、それを感じる場、人を求めます。

生まれながら「目の不自由な人」にとって、イエスさまとの出会いは劇的でした。いやされた本人にとっては、この上ない喜びであるのに、イエスさまの力を正しく評価できないユダヤ人にとっては、イエスさまを陥れる機会となってしまうのです。いやされた男は、水を得た魚のように、確信に満ちあふれて、ユダヤ人と真っ向から対立し、イエスさまをメシアとして信仰宣言します。

イエスは盲人の目だけでなく、心も癒された

それまでの生き方は、溌溂として前進する道が閉ざされた状態でした。健全な目に恵まれまかったということからくる人間のもろさ、限界と不安を感じ、救くわれたいという強い思いの中にいました。

イエスさまの対処の仕方は、単に目が見えるようになるだけではなく、根本的な治癒、イエスさまを「メシア」として見ることのできた「信仰の目」まで癒されたのです。本物を見分ける目です。

弱さは誰にもある、それに目覚めるときがチャンス

人の世では、子どもたちを含め、「弱い立場にある人」の思いはどこかで無視されること、後回しにされることが多いです。しかし、その同じ弱さは、わたしたち皆の中に存在します。それに目覚める時、真の問題解決に向かうのではないでしょうか。

「恩寵の力は弱さの中に全うされるからです」(コリントの人々への第二の手紙12章9節)