復活節第4主日(C年)の説教=ヨハネ10.27~30

2013年4月21日   

寄り添うイエスわたしたち人間の髪の毛は8万~10万本ほどあるそうです。そして1日に50本ほどが抜けていくそうです。髪の毛の寿命は男女によって違うそうですが、5年から8年のようです。1日のうちで一番髪の毛が伸びる時間帯は、朝の10時から11時の時間帯だということです。こんなこと日常は考えたこともありませんが、こうしたことを研究(?)している方もいらっしゃるのですね。データがあるということはそういうことでしょう。

人によっていろいろな個人差はありますが、限界を持ち合わせたわたしたちです。髪の毛一本のために一喜一憂しがちです。しかし、大事なことに変わりはありません。わたしたちは見える世界で判断し、時々本物を見失ってしまいます。このようなわたしたちは、イエスさまの前でどのような存在なのでしょうか。

今日イエスさまは、わたしたちに「大事にされている自分」に気付くように促されます。神に大事にされている「自分」です。神の前における現実とユダヤ人の前における現実が、あまりにも違いすぎます。イエスさまの言動が、ユダヤ人の前では不可解だけでなく、世界を混乱させてしまう破壊者のように見えたのでした。

その原因の一つが、旧約時代に彼らに示された「神」の姿でした。「天地を創造し、イスラエルをエジプトから救いだした唯一の神」が示されたのです。それが、イエスさまにかかると、そのイメージが壊されていくのです。

その示された神に忠実であろうとすればするだけ、イエスさまから離れていくのです。彼らに不足していたのは、メシアが来るということは知っていても、時代の流れの中で、啓示された当初よりその内容が少しずつ発展していくということに無知であったということです。このことは今でも同じようなことが言えます。「昔はこうだった」ので、今のやり方はおかしい、という生き方です。

髪の毛も年とともに変化します。それにつれて髪形も変わります。すべては変化の過程を経て円熟味を増し、完成されていきます。どのようであれ、その時その時の姿、内容は本物です。そして、父と子が一つであるのは、その間にわたしたち「人間」がいるのです。それほどにわたしたちは大事にされているのです。「わたしがあなたのうちにいるように、・・・彼らもわたしたちにおいて一つになりますように」(ヨハネ17章1節以下)