復活節第6主日(C年)の説教=ヨハネ14.23~29

2013年5月5日   

寄り添うイエスわたしたちの生活は、出会いと別れの繰り返しの毎日といっても過言ではありません。自分に気の合う人もいれば、そうでない人もいます。それによって付き合いの中身も変わります。気の合わない人とは、初めのうちは、一緒にいると気が重くなりますが、経験を重ねていきますと意外と自分にとって必要な人だったと思えるから不思議です。だんだんと気にならなくなってくるんですね。

自分にとって大切な存在であった人とは、いざ別れとなると辛いものがあります。しかし、その辛さが必ず喜びに変わるときがきます。これが人の成長ですし、生きるということではないでしょうか。

今日の福音では、イエスさまが弟子たちに別れを告げる場面が描かれています。しかも、その別れは弟子たちにとって喜ばしいことであるといわれます。別れを惜しみ、さびしがっている弟子たちを前に、不可解なメッセージを残されるのです。頼りにしていた師であり、主であったイエスさまが目の前からいなくなるのです。弟子たちが不安にかられるのはごく自然な成り行きであると思います。

どうして喜ばしいことなのかといえば、新しい希望を与えようとされるからです。弟子たちの心から、一切の人間的な支えを求める望を奪い取り、真の平和、慰めを約束されます。それは聖霊によるものであるといいます。恐れ、倒れそうになる人間を鼓舞し、導いてくれます。それに委ねることができるようになれば、イエスさまの愛に近づいていきます。そしてわたしたちの生きる道に無駄がなくなるのです。出会いと別れは皆にとって大切な出来事になっていきます。

まもなく訪れる聖霊の息吹の前に、わたしのすべてをさらけ出してみましょう。