三位一体の主日(C年)の説教=ヨハネ16.12~15

2013年5月26日

寄り添うイエス人間は一つのことに秀でていると他のことはそうでもない、というケースが普通ではないかという気がしますが、・・・。今プロ野球で話題になっているのが、藤浪晋太郎(阪神)と大谷翔平(日本ハム)ではないでしょうか。

甲子園で26日の日曜日に投手(藤浪)と打者(大谷)で相対するとのこと。入場券はすでに完売(24日現在)しているとのことでした。彼らが秘めている力はどれだけのものかわかりませんが、それを引き出してくれる彼ら以上の力の持ち主がやはり必要です。何事につけても上手な人の手助けは大きな力となります。

歴代のプロの選手たちの生涯を見ても「コーチ」と名のつく人の存在は欠かせません。そして、それがめぐりめぐって歴史をつくっていくのでしょう。その基本にあるのは「学ぶ」ということのような気がします。

わたしたちの生き方も同じことが言えます。「言っておきたいことはまだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」と。わたしたちにはいつも限界があります。その限界を克服するためには、人間のいかなる努力をしても足りません。人間の上をいく方の力が必要であるとイエスさまはおっしゃいます。

神を信じる人にはこの意味が伝わると思いますが、そうでない人でも、その「感性」は持っているのです。だからこそ、イエスさまの救いの対象は「全人類」なのです。

父と子と聖霊の働きが示されています。父が持っておられるものは子のものであり、聖霊は子のものを受けてわたしたちに告げるのです。三位の神は、その働きこそ違え、一つのことを人間に示します。日々の生活の中で、絶えず賛美するだけなのです。生きている根源は神にあるからです。神と人とのかかわりはどんなものかが分かることが、人として、信仰者としての成長に影響します。

プロ野球でいえば、コーチと選手の関係です。自分より上の力を必要としているからです。