年間第20主日(B年)の説教=ヨハネ6.51~59

2012年8月19日

主との出会い
今年のオリンピックが終わりました。個人的には特別な思いもなく、淡々とした日々であったようです。以前だと、期待にみちてテレビを見たり、その他の報道にも興味津々だったように思いますが、最近はどうも気が乗らないというか、・・・。こうやって年をとっていくのかなと感じてしまいます。刺激あるものをそれとして感じなくなってくると、人生、黄色信号でしょうか。まだ早い。

今回のオリンピック競技では、開幕前までは、どちらかというとマイナーな競技とされてあまり注目されなかった競技で、メダル・ラッシュが続きました。しかも団体戦での勝利でした。メダル獲得競技も13競技にわたりました。ひょっとして、だれも意識しなかった競技で、銀メダルを獲得した競技にダブルスの女子バトミントンとアーチェリーがあるのではないでしょうか。わたしも選手たちを初めて知りました。

とにかく、選手のみなさん、お疲れさまでした。また、喜びをありがとうございました。いわゆる「檜舞台」での選手たちは、競技と一体となっているといえます。できる限りスムースに、速く、美しく競技するように一生懸命準備してきたのです。

「一つになる」ためには、自分を合わせていこうとする姿勢が求められます。相手の思いを自覚し、受け止め、生き方をも合わせようとするとき、一体となれるのではないでしょうか。信仰者として、それが形として表れるのが「聖体拝領」です。「わたしの肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちにいのちはない」(54節)とイエスさまはいわれます。

聖体拝領がよりよく生きるためには、イエスさまの十字架、あがないをよく知り、しっかりと受けとめることが求められます。神を信じて生きることで、メダルをいただくわけではありませんが、天国(救い)という見えないメダルをいただくことはできます。そのために、今を生きているのです。「生きる」という道と一つになりましょう。