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年間第25主日:「ありのまま」で神の前における品位こそ大切

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年間第25主日(B年)の説教=マルコ9.30~37

2012年9月23日

主との出会い

文化庁が発表した(2012年9月20日)「国語に関する世論調査」によりますと、「漢字を正確に書く力が衰えた」と感じている人が66.5%ともいるそうです。また、「手で字を書くのが面倒」と感じている人も42%だそうです。

これでは日本語が衰退し、互いのコミュニケーションを取ることも難しくなり、人としてのまともな成長もなくなりはしないかと危惧してしまいます。
誤った使い方の表現の例が掲載されていました。その例をあげてみますと、「のべつまくなし」を「のべつくまなし」と使ったり、「物議を醸す」を「物議を呼ぶ」と使い、「二つ返事」を「一つ返事」と誤って使われているようです。いずれも、誤った使い方のほうが、正しい使い方のほうより数字的には多いとのデータが出ております。

その理由は、電子メールなど、情報交換の手段が多様化した結果であるといえます。人は、どちらかといいますと、誤りを指摘されるといい気持はしません。それも、いい方にもよるでしょうが、・・・。それでも、だれかに指摘されないと、正しいコミュニケーションが取れなくなることにもつながります。それが国際的な場になりますと、ことばの語彙、表現のありかた等、その品位が問われてきます。

人間の世界ではそうですが、聖書の世界はちょっと違うような気がします。といいますのは、福音記者は、イエスさまのメッセージを伝える教科書みたいなものとして、福音書をお書きになりました。イエスさまを示し、その弟子たちをとおして語られるメッセージを書きとどめ、後世のわたしたちに残してくれました。その弟子たちは、イエスさまの亡き後、教会の中心的な存在者として、人々をまとめ、リードしていたのでした。それにもかかわらず、弟子たちの愚かさや、失敗、足りなさから目をそらすことなく、しっかりと書き記しています。

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そうすることによって、記者が伝えたかったメッセージがあったのではないかと思います。それは、弟子たちも自らの醜さ、弱さから目をそらしていないという現実を受け止めていたということです。

ありのままの自分を隠すことなく、そのあさましさに留まりながら、謙虚さを学び、最後はイエスさまのあわれみに、やさしさに、癒しに出会えたのでした。人間的には品位がないように見えるような状態の中に、実は、神の前における品位があったのでした。

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